86.野村レオの一人目。野村レオが人を殺すのを止めたい加地さん
野村レオは、標的に覆いかぶさる加地さんの顔の横に、上段から振りかぶった鎌を振り下ろした。
鎌の刃は、加地さんの顔面すれすれにある。
鎌が振り下ろされるタイミングで、加地さんが顔を動かしたら。
鎌の刃は、加地さんの顔をかすめるどころか、肉をえぐっていた。
「ヒィっ。」
と加地さんは、悲鳴をあげて、鎌と反対側に顔と体をずりずりとずらしていく。
顔の真横に鎌を突き立てられ、研ぎ澄まされた鎌の刃が、我が身に振り下ろされていたかもしれないと感じた加地さんは、死の恐怖に初めて直面した。
ガタガタと体の震えが止まらない加地さん。
震える加地さんは、野村レオの方に頭を向けてはいても、野村レオの顔を直視できていない。
「レオは、私がいたのに、鎌を振り下ろした?
私に当たるかもしれないのに鎌を振り下ろしたレオは、私に鎌が当たっても良かった?
鎌が当たっていたら、私は死んでいたかもしれない。
レオ、どういうことか、説明して。」
加地さんは、野村レオが鎌を振り下ろした側とは反対側にずり落ちる形で、覆いかぶさっていた男の上からおりた。
倒れている男の横の床から起き上がった加地さん。
加地さんは、震える体を落ち着かせようと、両手で体をさすっているうちに、蚊に刺された箇所が痒くなったようだ。
体を掻きむしりながら、野村レオに説明を求めた。
加地さんは、自分が体を張れば、野村レオは、誰も殺さないと考えている。
加地さんは、野村レオが、加地さんに凶器を向けることはないと信じていた。
野村レオと加地さんが培ってきた信頼は、加地さんに体を張れば、という考えを実行させた。
加地さんの信頼通り。
野村レオは、加地さんには傷をつけていない。
加地さんは、恐怖を与えられただけ。
野村レオが、凶器を持ったら、凶器を使うことをためらわず、凶器の先に加地さんがいても、それは変わらないのか、と加地さんは聞きたいのだろう。
野村レオは、加地さんに構わなかった。
「レオは、聞こえている。返事をして。」
野村レオが加地さんに返事をしないのは、加地さんの期待に応える気はないと、示すためか。
すがっても無視されていれば、相手にされていないことに気づく人も多いだろう。
「レオ、聞こえないフリでやり過ごさずに、説明して。」
加地さんは、野村レオに無視されていても、くじけない。
「レオ。あなたは、私に説明するべき。」
加地さんは、命を投げ出す覚悟もなく、野村レオが自分に凶器を向けないという一方的な信頼から、自身の体を張った。
加地さんは、信頼を損なわれたことについて、野村レオの説明を欲しがっている。
「レオ。返事して。」
加地さんは、めげない。
野村レオは、加地さんからの説明の催促には、一切反応を示さない。
野村レオが標的にしている男の上から加地さんがどいたことで、野村レオの目的を阻む障害物はなくなっている。
野村レオは、振り下ろした鎌をすぐに持ち上げ、俊敏な動作で、再び鎌を振り下ろした。
「レオ。止めて。」
野村レオに制止の声をあげた加地さんは、その場から動かない。
固く目を閉じて、顔を伏せる加地さん。
野村レオの鎌は、今度は、倒れ伏している男の大上段から鎌が振り下ろされた。
倒れ伏している男の首と肩の境い目あたりに、鎌の刃が食い込む。
「うぐがあ。」
男の悲鳴が上げる。
「レオ!」
と目を閉じて顔を伏せたまま叫ぶ加地さん。
鎌で切りつけられた男の麻酔の効果は、切れかけてきている。
完全に麻酔が切れているわけではないようだ。
意識が戻ってきたものの、体の動きは、思うようにならないらしい。
喉を振り絞るようにして、声を出した男は、擬音語を発し続けた。
「ぐごげが、ぐごげあああ。」
床に倒れ伏している男に、鎌は見えていないかもしれない。
鎌を目で確認には、鎌との距離が近すぎる。
皮膚を破って肉を切らんとする鎌の刃は、肌で感じてはいるのだろう。
男は、麻酔により回らなくなった舌で、続く凶行を止めようとしているのかもしれない。
命乞いか?
開きっぱなしの男の口は、意味の判別できない音を発し続けている。
「うあわあ、うあわあ。」
野村レオは、鎌の刃を引き上げるようにして、男の皮と肉を切り裂いた。
「うごげがが、ぎがが。」
男の叫びの後。
加地さんは、目を閉じて、顔を伏せたまま、ビクッと体を縮めた。
「レオ!何をしている?
誰かを傷つけるのは、もう止めて。
誰かを傷つけて、傷つくのは、レオ自身。」
加地さんは、目を開けて、顔を元の高さに戻していく。
目を開けた加地さんの目にうつったのは。
血を流しながら、判別できない音も垂れ流している倒れ伏した男と。
血塗られた鎌を手にした返り血が飛んだ野村レオ。
「レオ。
私は間に合わなかった?
何がレオを殺人へと駆り立てる?」
と加地さん。
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