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78.北白川サナから差し出された手の温もりと力強さを手放せない。俺への興味を早く失えばいいと考えていたはずの北白川サナの手が俺を救う?

俺は、鎌に意識がいっていたこともあり、並んでいる北白川サナの手元に目がいってしまった。


今までは、北白川サナの前髪で隠れている目元に目がいっていたのに。


北白川サナの鎌を持つ手は、俺の手よりも小さく、指も細かった。


俺よりも鎌を持つのに不似合いそうな手をしている北白川サナ。


「私の仲良しは、初めての経験に緊張しているです。初めてだから、緊張が高まりすぎたです。


まだ序盤にも入っていないです。


私の仲良しがパニックを起こして、選択を間違わないために、私が仲良しの手を握るです。」


北白川サナは、鎌を握っていない方の手を、空いている方の俺の手の前にズイッと差し出してきた。


「私の仲良しは、私の手を握りたくなるです。」


北白川サナには、この部屋に入ってから、さんざん撫で回されてきた。


『好き放題、撫でやがって、こいつは。


俺は、撫で放題のサービスを無料で提供していない。


早く俺に飽きろ。


俺が抵抗しないのは、抵抗して殺されたくないからであって、仲良くしたい気持ちは一ミリもない。』


北白川サナが、俺にベタベタしてくることについて、俺は、心の中でだけ悪態をついていた。


俺は、北白川サナから差し出された手を自分から握りにいった。


人殺しになろうとしている俺に、まだ、心配して差し出される手があることが、嬉しかった。


混乱と嫌悪と自己弁護と、欺瞞が、俺の頭の中を駆け回っている。


思考に疲れて、感情の整理がつかないまま、全て拒絶してしまいたいのに、一つとして拒絶できない。


今の俺に、一人で考えて立つことは厳しかった。


人を殺すことから、どうあっても逃げられないのか、と思うと呼吸が浅くなる。


北白川サナの手の温もりと握り返してくる力強さが、俺を俺たらしめてくれる。


そんな気がして、楽になった。


落ち着いて周りが見えるようになってきた俺は、俺と北白川サナががっつり手を繋いでいる姿を色んな人に見られると気づく。


だが、北白川サナの手を振りほどこうという気にはならなかった。


無遠慮に俺を撫でていた北白川サナの手が、俺を混乱の淵から引き戻した。


俺は、北白川サナの手に救われたのか。


北白川サナが、俺に手を差し出さなかったら?


俺はどうなっていた?


鎌を手にとった混乱を引きずり、周りを見る余裕をなくしたままでいた。


俺自身が後悔するような結果になっただろう。


「鎌の配布時間は終了しました。残りは回収します。」

機械音声と共に、鎌の並んだ棚が天井へと戻っていく。


鎌の並んだ棚が床から浮いて天井へと上昇するのは、機械操作だ。


月にかえるかぐや姫を見送っているような気分になる。


棚を上げ下げしているオペレーターは、タイミングをはかるのが、うまい。


俺は、棚が天井に収納されていくのを落ち着いて見ていた。


北白川サナと手を繋いだままで。


鎌を手にした人は、高揚と緊張の面持ちで、口数を少なくして立っている。


全員が次の工程を知っている。


「今から、組別に移動しなかった参加者を各組代表が刈り取ります。


各組代表は、一人で、最低一人以上を刈り取ります。


では、始めてください。」

と機械音声。


北白川サナは、俺の手を握ったまま歩き出した。


「どこへ?」


北白川サナが向かったのは、風呂椅子をとられまいと抱きかえて守りきったものの、動けなくなったところに、爆発した風呂椅子の直撃を受けて血を流している女。


近づいてみると、まだ息はあった。


かすかに。


意識もあると分かった。


俺と北白川サナの足音に、ぴくり、ぴくりと手が反応している。


目の前にいる女は、助からない。


女を助ける人は、こない。


俺は、北白川サナと手を握りながら、自身の手の温度が冷えていくのを自覚した。


俺と手を繋いで、まっすぐこの女を目指した北白川サナは、この女を標的に定めている。


俺は、生唾を飲んだ。


オレの鎌を持つ手は、持っているだけなのに、痺れてきた気がする。


鎌を落とさないように、握り直さないと、と思うのに。


掌が汗だくだ。


今まで、掌が汗だくのあまりに、握っていたものを落としたことなんて、あったか?


俺は、痺れているように感じる肘から先を意識して、鎌を落とさないように指に力をこめた。


俺の、北白川サナと繋いでいる方の手も汗だくになっている。


北白川サナの手には、握り始めてから、変化がない。


北白川サナは、なれているのか?


葛藤を乗り越えたのか?


人殺しに抵抗がないのか?


デスゲーム内は、死に方を見せるための場所だ。


静かな死ではなく、迫りくる死の恐怖から逃れようと足掻く姿を見せ場にしている。


北白川サナが、大型獣用の麻酔銃を打たれて倒れた男達に見向きもしなかったのは。


意識のない、体が動かない男を、絶命させることには、見せ場としての価値がないからではないのか。


殺されたくないと、足掻いて抵抗しなければ、殺されるだけの価値もない。


無抵抗の方が長生きできるということになるのか?


無抵抗な参加者が、抵抗するように仕向けることはあるのか?


俺は、現実逃避しながら、北白川サナと歩く。


体の前面から血を流してうつ伏せになっている女の横に、俺と北白川サナは立った。

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