77.人を殺す凶器を手にして、人を殺す決意を固めることに、何を恐れることがある?俺、野村レオ、加地さんの選択。
俺は、天井に注意を向けていた。
鎌が落下してきたら。
当たっても、刺さっても、大怪我は免れない。
鎌は、落下するときにカーブしたりしないだろうから、落下地点を予測して、避ける。
天井が、動いた。
俺が身構えていると。
俺と北白川サナが背中をくっつけている壁の手前で、天井が開いた。
壁がもう一枚おりてくる。
俺と北白川サナは、壁の下敷きにならないように、おりてくる壁より前に出た。
壁は、風呂椅子のように落ちてはこなかった。
俺が、上を見上げていなかった場合で、壁の落下に気づいてから、壁を避けようとしても十分間に合う速度。
壁で圧死させる予定はない、ということか。
壁が降りてくると。
壁は、棚だった。
壁のサイズのシェルフに鎌が並んでいる。
「鎌は一人一本あります。
鎌を持ちたくない場合、持たなくても構いませんが、鎌を持たないからといってペナルティーは免除されません。」
と機械音声。
俺は北白川サナに腕をとられながら、鎌を一本選んだ。
北白川サナは、デスゲーム運営が寄越したと俺は考えている。
北白川サナの目の前で、人殺しになるのを嫌がる素振りを見せるのは、得策ではない。
俺は、人殺しになりたくないと思いつつ、人殺しになるための凶器を、どれにするかと選んでいる。
デスゲーム参加者が、人を殺さないと生きていけないのを知っている俺は。
人殺しになりたくないから、殺される方がまし、だとは思えない。
何もしないで殺されるくらいなら。
人殺しになってでも生き延びたいと、今の俺は考えてみたりしている。
デスゲームに参加する前は、人を殺さないで乗り切りたいという意思を固めていたのだが。
決心が揺らぐ。
俺が、人を殺す?
人殺しになって、何食わぬ顔で生きていくのか、俺は。
人を殺さない選択が、美しく清らかなものであったか?
ドッジボールの試合を思い出せ。
人を殺さない選択肢を選んだ、タツキとタツキのチームメンバー。
デスゲーム運営から送り込まれていたオーちゃんを味方につけたタツキ達。
タツキ達は、最終的にどういう行動をとったか?
自身の手を汚さないために自分以外の誰かに殺させるか。
殺すことに希望を繋いで、凶器を他人に向けるか。
二つに一つ。
最後まで、美しく清らかであったのは、誰だ?
人殺しになることから逃げたタツキ達か?
違う。
美しかったのは、ラキちゃんだ。
俺が目を奪われたのは、ラキちゃん。
十人中十人が美女だと褒め称えるほどの美女のメグたんでも、かつて想いを向けたモエカでもない。
画面越しに見たラキちゃん。
人殺しになり、最期は殺されるという覚悟を決めて、人を殺したくないという気持ちを持ちながらも、瀕死のオーちゃんにナイフを突き立てて絶命させたラキちゃん。
人を殺すのは、良くない。
人を殺す行為は、忌避されている。
俺は、当たり前のこととして知っている。
どうして人を殺したらダメなのか。
その理由は何か、を考えても。
理由なんて、あったか?
人を殺すことが、悪だから、か?
人を殺すのが、悪なら。
なぜ、俺の目に、ラキちゃんは清らかで美しく見えたのか?
ラキちゃんは、間違いをおかしたか?
ラキちゃんは。
間違いをおかしてなどいなかった。
ラキちゃんの選択。
ラキちゃんがオーちゃんを殺して、人殺しになることを選んだことは、間違いではなかった。
ラキちゃんは、間違わなかった。
もしも、ラキちゃんがオーちゃんにとどめを刺さなかったら?
ラキちゃんは、ドッジボールのコートがある体育館を生きて出られただろうか。
デスゲームが行われている空間において、正義を問うか?
正義は、イデオロギーで、真理ではない。
だから。
俺が人を殺すことは、正義ではないが、正しい行いだと言える。
俺は、正しい行いをする。
俺がいる場所は、正義が勝たないデスゲーム。
デスゲーム外での正義を、正義が勝たないデスゲーム内で貫くことは、俺に何をもたらすか?
死だ。
人を殺さないでいることは、デスゲーム内の正しさにそぐわない。
存在が正しくないものは、ただされる。
デスゲーム内でただされることは、存在を抹消されることを意味する。
デスゲーム内で存在を抹消されるとは、すなわち死。
死にたくないなら。
殺されたくないなら。
凶器を手にして、自分ではない他の誰かを殺せ。
そこにしか、活路はない。
俺が生きていくには、人を殺す必要がある。
必要なことだから。
不必要なことではないから。
俺が、人を殺すことは、間違いではない。
人を殺さないと決めていた心を翻して、人を殺す決意を固めたことは。
生きてデスゲームを脱出するという俺の目的と矛盾しない。
俺は、鎌を手に持ちながら、何度も頭の中で反芻した。
俺の隣で鎌を見繕っていた北白川サナが、俺に声をかけてきた。
「決めたなら離れるです。鎌を決めていない人はまだいるです。」
北白川サナに言われるまで、俺は、周りが見えていなかったことに気づかなかった。
俺の横にも後ろにも、鎌を選びにきた人がいる。
人を殺すための凶器となる鎌を。
己を生かすための武器となる鎌を。
蚊に刺されてボコボコの顔が棚の前に並ぶ。
棚から、鎌を取り出している赤く腫れ上がった何本もの手。
鎌の持ちやすさ。
刃の輝き。
見比べて。
吟味している。
俺は、北白川サナに促されるまま、鎌が並ぶ棚の前を離れた。
手にした鎌の重みに、俺の気持ちも引きずられていく。
鎌を選ぶ人達は、俺のように葛藤はしていないのだろうか。
既に葛藤を乗り越えたのか。
加地さんを裏切らなかった男、野村レオが、俺と同じタイミングで棚から離れていく。
野村レオの手にも、俺と同じように鎌が握られていた。
野村レオは、何もなかったような顔をしている。
野村レオは、暴力に慣れていた。
既に一人。
野村レオは、拳銃でふーくんを殺している。
野村レオにとって、初めての人殺しは、もっと前だと感じるくらいに、ふーくんに銃口を向ける野村レオに迷いはなかった。
一人殺せば、葛藤しなくなる?
野村レオとは価値観が違っていて、俺のように人殺しを忌避すべきという考えがない可能性は?
加地さんは?
加地さんを探す。
加地さんは、鎌を選ぶ人の群れに混ざっていない。
加地さんは、壁を背にしたまま、鎌を選ぶ人達へ厳しい視線を向けていた。
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