68.扇動者は、踊りの輪を作る。踊りの輪には、まだ空きがあると、輪の外へ呼びかける。加地さんの周りを固める三人へ『三人は、これからの働きぶりを加味しよう』
押し合いへし合いは、体力を消耗する。
互いに身動きが取りづらくなって、勝敗がわかりにくい。
痒みの苛々も相まって、押す方も押される方も、性急になる。
「そうだ、そうだ。」
とすぐに同調の声があがる。
「私は、痒みに弱いから、些細な刺激でも、痒くなる。
痒さは我慢できないから、すぐ皮膚がボロボロになって、色素沈着を起こす。
今日、蚊にさされたところは、痕になって残る。
加地さんにも、私と同じ目に合わせないと、私は気が済まない。」
「あんたは何がしたいんだ?」
と親切な誰かが希望を聞いてやっている。
「傷だらけになるまで、掻きたおしてあげる。」
「私は加地さんの顔を、思う存分に掻く。」
と言う可愛い女の子の瞼は、瞼が赤く腫れ上がって傷がついている。
「瞼が痒くて、腫れ上がっても掻くのを止められない。
私の顔がダメになったらどう責任とれる?」
と可愛い女の子は参戦の意思を語った。
「顔と首と手だけじゃ掻くところが、足りない。」
「俺達全員で、掻くには少なすぎる。」
「服を脱がせばいいわ?
どうせ、服の下も無事なんだから。
服を脱がせて、全身血だらけになるまで、体中、掻いてあげればいい。」
「親切だな。痒みは皆で分かち合おう。」
「痒くて、痒くて。」
「本当に痒くて、辛いもんなあ。」
「嫌がらせの限度を超えている。」
と加地さんは、押しつぶされながら、批判を口にした。
「あんたに言われたくない。」
「加地さんは、嫌がらせでのし上がってきたくせに。」
「我が身に返ってきただけ。恨み骨髄。受け止めたらいいわ。」
「今日まで、恨まれて、恨まれて、恨まれて生きてきた甲斐があるだろう。」
「私になんの恨みが!」
と加地さんは、声を張り上げた。
「なんの、と言われても、誰のなんの恨みでも構わないんだよ。
加地さんは、恨まれているんだから、誰も助けようなんて思わないし。」
一人がせせら笑うと、同調する笑いが広がった。
「恨まれているなら、便乗しても許されるとでも!」
と加地さんは、抗議した。
「便乗?俺達がこんな場所に来て、痒みに苦しめられているのは、加地さんのせいだ。」
「加地さんが、こんな会社に行きたいと言ったからだ。」
「一人で行けばいいのに、一人で行くのは怖いとか危ないとか。
誰にも知られていないうちに、独り占めすれば、うまみが大きいから人を出してくれっだったっけ。
加地さんが、クソなことを言い出さなきゃ、俺達は、加地さんとこんな場所に来ていない。」
怒涛の反論が巻き起こる。
「そういうことだ、加地さん。」
苦情を言うようにと加地さんに勧めた男は、加地さんの囲いから外れた場所から、再度、口を開く。
「加地さんのお身内の三人さん。
加地さんを守るなんて、無理なことに気づいているのではないか?
君達に、ニュースがある。
加地さんは、これを機に引退だ。」
「勝手なことを。私は引退しない。」
と加地さんは吠えた。
「このまま帰っても、今後も同じように活躍できるはずがない。」
苦情を言うようにと加地さんに勧めた男は、素気なく言い捨てる。
「この仕事は、絶対に成功させる。」
と加地さん。
「加地さんには、不相応な仕事だったから、加地さんは責任を感じて引退したんだ。」
と苦情を言うようにと加地さんに勧めた男は、加地さんは引退と繰り返す。
「引退なんて、誰が!」
と加地さん。
「引退するか、しないか、ではなく。
加地さんは、もう引退している。」
と苦情を言うようにと加地さんに勧めた男。
「は?」
と加地さん。
「加地さんは、引退済み。チャンネルも残っていない。」
と苦情を言うようにと加地さんに勧めた男。
「勝手にできるわけが。」
と加地さんは、言いかけて、顔色を悪くした。
「加地さんの新天地での活躍と幸せをお祈りしている人に、不可能なことはない。
加地さんも、今まで、そうしてきたんだから、勝手は分かっているはずだ。」
と苦情を言うようにと加地さんに勧めた男。
「そんな、私は、現にここにいる!」
と加地さん。
「加地さんは、別の幸せな人生を見つけて、引退、チャンネルは閉鎖。
祝福コメントと罵倒コメントが入り乱れたラストになった。」
苦情を言うようにと加地さんに勧めた男は、にやりと笑った。
「加地さんのお仕事は、ちゃんと、引き継がれているから、なんの心配もない。
加地さんの今後以外は。」
「つまり、加地さんは、どうなっても、構わないってことだ!」
と一人が叫ぶ。
「もう怖くない!」
「ざまあみろ!」
加地さんに預けられた人達は、快哉を叫ぶ。
「加地さんの身内だった人達に対して、働きぶりを評価する人達が多くいた。
加地さんは、ともかく。
ここを出た後、三人には転職先を複数紹介できる。
三人の方が、加地さんより高く評価されている。」
苦情を言うようにと加地さんに勧めた男は、加地さんを守る三人の男に対して、加地さんから離れるためのアメをひけらかした。
今まで、落ち着いて反論していた加地さんは、急に落ち着きが、なくなった。
三人が、先のない加地さんを守り続けてくれるか、心配になったのか。
三人のうち、預けられた人の腕を折った二人は、顔にたかる蚊を叩き始めた。
三人のうち、蚊を叩いている二人は、加地さんの守りから離脱する。
加地さんが、死んでも問題にならない下地は出来た。
加地さん以外の参加者は、苦情を言うようにと加地さんに勧めた男はを含めて、自分達が、生きて帰れることを疑っていない。
デスゲームの中にいることに気づかないまま、扇動者は動いた。
扇動者は、三人のうち、二人の心変わりを見逃さない。
「勿論、今からの働きも加味される。」
と苦情を言うようにと加地さんに勧めた男。
同時に。
加地さんの左側にいた男が、加地さんの腕を掴んで引き寄せ、加地さんに預けられた人へと押し出す。
「助けて、嫌だ。近寄るな!」
助けを求めながら、大群の蚊にたかられている人に飲み込まれていく加地さん。
加地さんの後ろにいた男は、加地さんの右にいた男に殴りかかっている。
加地さんの右にいた男と加地さんの後ろにいた男の殴り合いに、加地さんを引き渡した左側の男が加わった。
「こんなところで、私は終わらない!」
と加地さん。
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