43.オーちゃんは、タツキの横に立つ。『タツキ、人を殺したくない気持ちは変わらない?タツキの仲間の気持ちが変わっても?』
指を切られた二人組は、オーちゃんの視界に入らないように、と、じりじりと離れて、二手に分かれた。
紅一点、オーちゃんは、目を押さえて唸っているタツキの元に向かっている。
喉まで突き刺さったナイフは、刺さっていることで止血になっているのか。
オーちゃんが喋る都度、オーちゃんの口の端の傷が開くせいで、オーちゃんの口から下は、顎や首まで血がこびりつき、さらに血が伝っている。
オーちゃんは、タツキの横に立つと。
聞いたことがないくらい、今日一番、慈愛のこもった声を出した。
「タツキの人殺しをしたくない、という願いだけは、私が叶えてあげる。」
とオーちゃん。
「なんで俺の目を!痛いだろう!
見えなくなったらどうするんだ!」
とタツキは、両目を掌で押さえながら怒鳴る。
「誰かが殺されるところなんて、見たくないとタツキは常々、私に話していた。
タツキの目は、見えない方がいいでしょ。
タツキが見たくないものは、私が、一度も見なくていいようにしてあげる。」
とオーちゃん。
「誰か死んだのか?殺されたのか?
殺されているのか?」
とタツキは、震えだした。
オーちゃんは、答えない。
致命傷は負っている二人は、まだ息がある。
このデスゲームでは、まだ、誰も死んでいない。
誰も殺されていない。
オーちゃんがタツキに話しかける。
「人殺しになろうとしている、タツキの仲間が二人いる。
二人とも、こちらをうかがっている。」
とオーちゃん。
「俺の仲間に、そんなやつはいない。
誰も殺したくないという思いで、俺達は集まったんだ。」
とタツキは、唾を飛ばした。
タツキは、自身がオーちゃんを刺そうとしたのを棚上げしているのか、忘れているのか。
「タツキは、目が見えなくなったけれど、耳はきこえるでしょ?
タツキ、耳をすましてみて。
二人分の足音が聞こえない?」
オーちゃんの声の調子は、慈愛に満ちたままで、変わらない。
タツキは、オーちゃんに言われるまま、耳をすます。
「足音を立てないように、歩いている?反対側から?別々に移動している?」
とタツキは、正解にたどり着いた。
「二人、ナイフを手に持って近づいてきている。
挟み撃ちを狙っている。
タツキは、二人がどこから来て、いつナイフで刺してくるか、耳で聞いて逃げないと。」
とオーちゃん。
「俺は、今、目が見えないんだ。
見えないまま、逃げ切る?
やったことがないのに、できるか!」
とタツキは、小さく叫んだ。
「俺は、殺されるのか?仲間だと思っていたやつらが、俺を殺しにくる?」
仲間に裏切られたと思ったタツキは、悲壮な声をあげる。
オーちゃんの声は、慈愛に満ちたまま。
「タツキ。今も、人を殺したくない気持ちは変わらない?
タツキの仲間の気持ちが変わっても。」
とオーちゃん。
「それは。
なんで、そんなことを聞いてくる?」
と訝しむタツキ。
「人を殺したくないなら、タツキは、大人しく殺されるしかない。
二人は殺す気だから。」
とオーちゃん。
「なんで、俺が、大人しく殺されなくてはならないんだ!」
とタツキ。
「殺さないと、殺されるから。」
とオーちゃん。
言葉を失うタツキに、オーちゃんは、慈愛に満ちた声で話し続ける。
「タツキ。まだ、人を殺したくない?」
とオーちゃん。
「俺は、俺は。俺には、できない。
頼む、オウカが、やってくれ。」
とタツキは、オーちゃんに頭を下げた。
「私が、タツキの代わりに、タツキの仲間を殺すことをタツキは望む?本当に?」
とオーちゃん。
「ああ。俺には、無理だ。殺せない。仲間だから、というより、人を殺すなんて、できない。」
とタツキ。
「タツキのお願いは、私が叶えてあげる。
タツキは、私の言う通りに動いて。」
とオーちゃん。
「ああ。それぐらいは。」
とほっとするタツキ。
「私からキスはできないから。」
とオーちゃんは、タツキの口元に頬を差し出した。
「タツキから、キスして。」
とオーちゃん。
「え?キス、今?終わってからでいいだろう。」
と慌てるタツキ。
「死んだ人の側で、血まみれになりながら、キスされたくない女心が、タツキには分からない?
タツキの仲間の血でぬるぬるしている頬に、タツキはキスできる?」
とオーちゃんは、タツキに尋ねる。
「いや。それは。無理。」
とタツキは、口元を引きつらせた後に、オーちゃんの頬にかすめるような短いキスをした。
「タツキは、恥ずかしがり屋。」
と言うとオーちゃんは、立ち上がる。
「来たか?来たのか?」
とタツキは、闇雲に動かした手で、オーちゃんの袖を掴む。
「心配しなくても、大丈夫。
私がいるから、タツキは人殺しにならない。」
とオーちゃんは、タツキの手を離させた。
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