413.北白川サナが生きている間に、北白川サナのために奮闘して亡くなったのは、北白川サナの母方の祖父、北白川秀蔵氏だけではなかった。
北白川サナの父が喋りだしたのは、北白川サナの母だけでは、押しきれないと判断したからか?
その判断をしたのが北白川サナの父だとすると、北白川サナの母を助けることで、北白川サナの祖父に可愛がられて婿入りした可能性もある。
「金剛さんはまだお若く、家族が生きていることに何も思わないでいられる年代だと思います。」
と北白川サナの母。
北白川サナの母は目頭を押さえながら話す。
自分で話しながら感極まったか?
「目の前からいなくならなくても、家族の視界から自分の存在が消えたり、自分の声が届かないという事態は起こります。」
と北白川サナの父。
「情報は集める気になれば、他方面から集められます。
集めた情報をどう使うかではなく、何を信じるかにとらわれると、人間関係は壊れます。」
暗に、北白川サナが誰を信頼するかを決めた末に、家族を信頼する相手から降格させたと話してみる。
「支援団体の庇護下に入ると決めてからのサナには、私達の声は雑音か罵声としか聞こえていなかったのです。」
と北白川サナの母。
北白川サナの母は畳み掛けてきた。
俺の皮肉は、北白川サナの母に伝わらなかった。
北白川サナの母は、自分達家族が一方的に北白川サナに拒否されたと考えている。
「まだ、話せると思うなら、話してみてください。完全に家族との手が離れる前に。」
と北白川サナの父。
この北白川サナの両親に家族との繋がりを説かれるほど、俺は破れかぶれになっていない。
何も言わずに、白けた表情をしている俺を見た北白川サナの両親は、切々と訴えかける戦法を止めた。
「家族との手を離すのは、自分だと思っていますか?」
と北白川サナの母。
「自分が繋がりを断たなければ大丈夫と思っていませんか?」
と北白川サナの父。
世の中を教えてやる立場に回って、未熟者の俺に正しさを説いてやろうとし始めた。
「自分の意思で断とうとしても断てません。
断てないから、家族は繋がっているんです。」
と北白川サナの母。
切々とした訴え方を止めて、熱意をこめて話してくる北白川サナの母。
俺は、気付いた。
北白川サナの母は、家族と俺に接点を持たせようとしているのではないか?
「断つかどうかと逡巡してきた繋がりを断つのは、いつでも、その繋がりに思い入れがない第三者です。」
と北白川サナの父。
無益な会話は打ち切るか。
「ご助言は、家族側の見解と気持ちとして受け取り検討します。」
「そうしてください。」
と北白川サナの母。
北白川サナの母は、念押しするかのように言葉に力を込めた。
「私がサナさんに近いということでご心配になったのでしょう。」
俺は、ここで話を変える気でいた。
「そうですが、私達の後悔はサナに対してだけではありません。」
と北白川サナの母。
「他にもありますか?」
途中で止めるより、吐き出させた方が後々、尾を引かないと思って促せば。
「私の義父、北白川秀蔵に対しての後悔も、私達夫婦が忘れることはありません。」
と北白川サナの父。
攻守が交代していた。
北白川サナの母から父へ。
「私達は、北白川秀蔵という父一人に頼り切っていました。父がいるから何とかなると、父と一緒に戦おうとしなかったのです。」
と北白川サナの母。
北白川サナの母にあるのは、愛娘を亡くしたときに見せたものよりも混じりっけのない後悔だった。
「義父に任せきりにして日常生活を送るのではなく、義父と同じ北白川の名前を持つからこそ、義父と一丸になって戦っていたら、義父は一人で力尽きなかったでしょう。」
と北白川サナの父。
北白川サナの両親は、愛娘のために戦うことを北白川サナの母方の祖父である北白川秀蔵氏に一任して、何もしていなかったことを後悔している。
「父と一丸となって戦っていたら、父の死後、急激に状況が悪くなることもありませんでした。」
と北白川サナの母。
北白川サナの両親の後悔は、頼りにしていた北白川秀蔵氏を亡くしたことにより、自分達の環境の急変からきていると考えるのは、穿ちすぎか?
北白川サナのご両親は、娘と北白川秀蔵氏を亡くしたことを悲しんでいる。
分かってはいるが。
北白川サナのご両親の発言を聞いた後では、素直にその感情を読み解く気にはならない。
「家族二人分の後悔を常に抱えているのですか?」
「三人分です。」
と北白川サナの父。
三人ということは、北白川サナ関係で亡くなった家族が、もう一人いる。
「サナの父方の祖母、主人の母は、大学生だったサナを庇って犠牲になりました。」
と北白川サナの母。
「母は、サナを守るために、外出先で、家族の中で一番最初に亡くなりました。」
と北白川サナの父。
「サナさんと父方のお祖母さんとで出かけられたときに襲われたのですか?」
「いえ、サナと私の父と母の三人で出かけたときのことです。」
と北白川サナの父。
「父方のお祖母さんが亡くなられたのは、母方のお祖父さんがなくなられたよりも年単位で前ですか?」
「そうです。母は朗らかで出歩くのが大好きでした。」
と北白川サナの父。
これまで、北白川サナの父方の祖父は、息子夫婦を見守るような姿勢で沈黙を貫いていた。
「北白川さんのおかげで、息子夫婦は食ってこれた。
息子が北白川さんの名前を使って一人前に食べさせてもらったことには感謝しかない。」
と北白川サナの父方の祖父。
北白川サナの父方の祖父は、俺を見ながら口を開いた。
「息子が北白川さんの名字に決めたときに寂しい思いはしても、息子夫婦と孫娘が元気ならそれで良いと思ってきた。」
と北白川サナの父方の祖父。
「それは。」
と北白川サナの母は俯く。
「お父さん、止めてくれ。」
と北白川サナの父。
「妻を亡くしたときに、私と同じ名字の家族はもうこの世にいないのだと思い知らされ。
孫娘がこの世を去るところを遠くから見るしかなかった今。
寂しさをのみこんできた時間は、何だったのかという思いしかない。」
と北白川サナの父方の祖父。
北白川サナの父方の祖父の嘆きとも言えない思いの吐露を聞いた後と、リビングの扉が閉まる前に聞くのとでは、北白川サナの死を親不孝だ、祖父母不孝だという言葉の重みが違ってくる。
孫娘である北白川サナが永遠に帰らなくなった家に北白川サナの父方の祖父がいる理由はないのではないか。
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