400.正義が勝たないデスゲーム脱出後、野村レオの菩提寺を訪れた。
俺は、公安の調べた情報を確認して、訪れた寺の敷地を出る。
曇り空の隙間から日がさしこんでいる。
日の光を見ると。
外にいることを実感する。
ケンゴの面談終了後。
俺は、眠らされて、正義が勝たないデスゲームを脱出していた。
会話の締めに飲んだジュースに眠剤が入っていたのだと思う。
いつの間にか意識を失っていた。
俺が一生分の感情をさらけ出した三人と俺が会う日は、今のままでは二度とこない。
俺が未処理のまま積み上げていた気持ちを分解して消化するのを手伝った三人とは、別れの挨拶をしなかった。
目を覚ましたのは、何年も一人暮らししてきた自宅の寝室。
俺を自宅に返した誰かは、家の鍵を開けて、寝ている俺を寝室に運び入れ、施錠をして帰っていた。
タケハヤプロジェクトの表に出て来ない参加者によって運ばれたのだと思う。
俺が正義が勝たないデスゲームの舞台となる会場の一室で目を覚ましたからくりが分かった気がする。
正義が勝たないデスゲームのコメント入力を辞めると申し出た俺が、正義が勝たないデスゲームの運営から貸し出されていたスマホを返却しにいったときに、意識を失わされている。
俺の意識を奪い、正義が勝たないデスゲームの会場の近くまで運んだのが、タケハヤプロジェクトを離脱した学生とその家族。
タケハヤプロジェクトの参加者のうち、正義が勝たないデスゲームの参加者として顔を出さない参加者が俺の身柄を受け取り、正義が勝たないデスゲームの会場内の一室へ運ぶ。
正義が勝たないデスゲームの運用は、秘密保持ができる人の手による運搬に支えられている。
全自動のものを全自動たらしめるのは、人の手。
正義が勝たないデスゲームは、運営がAI、運用が人に分けてある。
人にかかるタスクを労働力に限定し、頭脳部分はAIへ全振り。
頭脳部分を担うAIは、天才佐竹ハヤトが作り上げただけあり、凡夫の介入が不可。
感傷を切り離して、正義が勝たないデスゲームというものをとらえ直すと。
たった一人の天才の飛び抜けた頭脳に合わせて凡夫が労働する仕組みだと分かる。
この事実に気付いたとき、俺は一人で笑っていた。
俺の友達の遺産は、実に皮肉がきいている。
佐竹ハヤトは、天才である佐竹ハヤトの才能と人生を凡夫に搾取されて潰され、終わらされている。
天才が凡夫の愚かな集合体に脅かされる現代社会の問題をとらえたアンチテーゼを芸術として昇華するのではなく、実用化に踏み切った傑作だ。
気分のいい話だ。
俺の参考になる。
俺が目覚めてすぐにしたことは、玄関の施錠の確認。
寝ている俺には、家の中から鍵をかけられない。
俺を自宅へ運びこんだ人物は、俺の自宅の鍵を持っている。
俺は、今、公安に保護されているか。
見張られているか。
泳がせるようにして監視されているか。
どれもが当てはまり、どれもが当てはまらない状況になっている。
時と場合によって、俺も公安も柔軟に対応している。
太陽を見上げても、雲で見えない。
今日の空は、雲の分量が多い。
俺がいたのは、野村レオの菩提寺だ。
古くから近隣住民の墓地を管理している関係からか、近隣住民がぽつぽつと出入りしている。
野村レオの菩提寺に寄る前に、野村レオの婚約者の自宅は見てきた。
正義が勝たないデスゲームを脱出し、俺は公安へ二つの調査を頼んだ。
一つは、野村レオとその婚約者について。
もう一つは、北白川サナについて。
野村レオとその婚約者について、一般人の俺が一人で調べるには、手に余る。
野村レオは、元刑事。
身内の情報を横流ししてもらった。
野村レオの婚約者は、野村レオが正義が勝たないデスゲームに参加した日に亡くなっている。
正確には、野村レオが亡くなった同日に遺体が発見された。
野村レオの婚約者の遺体は、発見されたときには死後何日か経過していた。
遺族でもなんでもない俺がしたのは、野村レオの婚約者についての資料に目を通しただけだ。
野村レオの婚約者のご遺体の確認は、野村レオの婚約者の家族がしている。
野村レオの婚約者のご遺体が発見された自宅での現場検証は、ご家族の立ち会いの元、既に終わっていた。
資料によれば。
野村レオの婚約者のご家族は、娘である野村レオの婚約者のご遺体を引き取った後、揉めている。
警察をクビになるような男と一緒になりたいと、反対する家族の元から勘当同然に家を出ていった娘が、進んで苦労した挙げ句、普通でない死に方をし、家族には整理できない感情が残った。
野村レオの婚約者の両親は既に亡く、ご遺体を引き取ったのは、婚約者の姉だ。
野村レオの婚約者は、二人姉妹の妹だった。
姉は結婚して家庭を持っている。
姉は、亡くなった妹を両親の眠る墓に入れようとしていた。
だが。
姉の亡き後に、両親と妹が眠る墓の墓守りをする人がいないことが問題になった。
姉の嫁ぎ先で。
『妹が亡くなったから、妹に墓守りを任せることが出来なくなった。』
『妹の命日に手を合わせるほどの姉妹仲でもなかったじゃない。』
『あなたは、婚家の墓に入るんだから。』
『管理する者のいない墓を後生大事にして金をかけることは、金をドブに捨てているんだよ。』
『ドブに捨てる金なんかないはずだ。』
姉の嫁ぎ先の親戚は、姉が元気なうちに、姉の実家の墓じまいをしてしまえ、と姉に迫った。
姉は、自分が元気なうちは墓じまいなんて、と抵抗した。
それでも、野村レオの婚約者の遺骨を両親の眠る墓に納めることには迷った。
姉の亡き後、実家の墓の面倒を見る人がいないのは事実。
墓に納めずにいた野村レオの婚約者の骨壺は、姉の家に置かれることになった。
妹の骨壺を姉の家に置いていたら、嫁ぎ先の親戚が姉へ苦情を入れ始めた。
『姉妹仲が特別良かったわけではありませんが、家族の骨壺をゴミとして捨てるのは人として出来ません。』
と姉は拒否。
『警察をクビになった野村レオと縁を切らずに結婚の約束までして、親戚に迷惑をかけた挙げ句、犯罪に巻き込まれて、何も果たさずに亡くなった娘の骨壺など、視界に入れてくれるな。』
親戚達の主張は一貫していた。
野村レオの婚約者の家族のうち、両親は、不慮の事故で救出が間に合わずに亡くなっている。
野村レオの婚約者の姉は無事だが、野村レオの婚約者の姉の結婚により親戚になった人達の中には、野村レオの婚約者が身内にいるという理由で苦労している人が何人もいる。
公安で調べた情報をもらい、俺は野村レオの婚約者の姉に連絡をとった。
『野村レオさんから、婚約者がいることを聞いていまして。』
と。
野村レオの婚約者の姉から婚約者の骨壺を託された俺は、姉の話を聞いてから帰った。
野村レオの婚約者の骨は、野村レオの菩提寺の墓地にある野村レオのための墓に納めてきた。
野村レオの遺体は、正義が勝たないデスゲームの外には出て来ない。
菩提寺に野村レオの墓を作っても、野村レオの遺骨は入らない。
それでも。
俺は、野村レオに弔いを約束している。
野村レオの墓の面倒は、俺の体が動く限り俺が見て、俺の人生と共に墓じまいする。
野村レオが正義が勝たないデスゲームに参加する前に、野村レオの婚約者は既に殺されていた。
遺体と周囲の状態から、別の場所で殺され、遺体の発見場所まで運ばれたことが判明している。
遺体の発見場所は、野村レオの婚約者の自宅であるアパートの一室だ。
野村レオの婚約者は、生前、治安の良くない安アパートに一人で住んでいた。
元警察官が、婚約者に住むことを勧めるとは思えないような立地に立つアパートだ。
野村レオの婚約者でなくとも、住人がふいに姿を消すことを誰も気にしないような場所。
野村レオの婚家は、自ら、そのアパートを選んだのか?
それとも、選ばされたのか?
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