391.緊張が切れ、飛び出す軽口。初めての感覚。成長を見守られる気恥ずかしさ。正義が勝たないデスゲームの参加者となり、変わったものは?
部屋の中に入って面談が始まってから。
俺と、ケンゴ、メグたん、ツカサの間には、ずっと、触れたら爆発する線みたいな緊張感が張られていた。
探り合い、探らせ合いの手を引っ込めたり、突っ込むタイミングを見計らったり。
饒舌に話しているときも、気楽さや気安さを見せながら、水面下で緊張感という糸をたぐり寄せたり、引いたりしていた。
今、すっと、部屋の中の緊張感が解かれたのが分かった。
ケンゴは、意図的に緊張感を消したのかもしれない。
メグたんとツカサは、俺が合格ラインに達したので、態度を少しゆるっとさせたのだと思う。
俺の正義が勝たないデスゲーム脱出が確定した。
喜びたいが、まだ喜びは噛み締められない。
俺は、俺のやりたいことのスタートラインにやっと辿り着いたに過ぎない。
気を許し過ぎると、何か新しい問題が起きるかもしれない。
正義が勝たないデスゲームを脱出するまでは、ハコさんという前列があって、参考に出来た。
今からは、参考にするものが何もない。
ケンゴ、メグたん、ツカサと会話しながら、ぶっつけ本番で、脱出後の俺のこれからを決めていく。
俺は、頭の中で、何を話すかを考えていた。
俺以外の三人からは、張り詰めそうな緊張感がほどけて、のんびりとした空気が漂い始めている。
のんびりした空気が漂う中で、俺は一人馴染めずに困惑していた。
俺は、のんびりとした空気のただ中に、佐竹ハヤト以外の誰かといた経験がない。
これから交渉が必要な話をしていくのに。
緊張感の無くなった空間で、どう振る舞えば、うまくいくのか。
俺が、何も言わずに戸惑っていると。
ケンゴが大きく伸びをした。
「佐竹ハヤトくんが最後まで信頼していたのは、佐竹ハヤトくんの苦悩に鈍感で、自分のことしか見えていない新人くんだった。」
とケンゴ。
ケンゴはしみじみと語るように話している。
いいことを語る風なのに、褒め言葉が一つもない。
「ケンゴの俺への低評価は、ケンゴの親切心から出たものか?」
ケンゴは、余裕綽々な態度をずっと崩さないでいる。
漂う緊張感が無くなっただけだが、ケンゴの余裕綽々さには親しみやすさが滲み出ている。
緊張感が漂っているときは。
負けてたまるか、と意気込めたのに。
気が抜ける。
今の俺は、もう、気を張り詰め続けなくてもいい。
人生最大の山場は越している。
「警戒心でツンツンしていた新人くんに、親切心を見せつけていただけなのに、酷い言い様だよ。」
とケンゴ。
ケンゴが笑いかけながら軽口を叩いてくるから。
「親切心を出し惜しみするのは、ケンゴの親切心がすぐに枯渇するからか?」
俺の口からも軽口が飛び出していった。
誰かと軽口を叩くのは、いつぶりか。
大学を卒業して、佐竹ハヤトと顔を合わさなくなってからは、ご無沙汰になっていた。
俺の口から飛び出した軽口は、俺の気分を軽くしていく。
「俺の親切さは切り売りしないよ。」
とケンゴ。
「俺には最初から親切にしてきたと言いたいのか?」
ケンゴは、声を出さずに笑っている。
「俺に親切にされることに慣れたのかい?」
とケンゴ。
「親切にされることに慣れたかどうかはともかく。
俺を罠に嵌めていないとは思っている。」
「ショウタらしい感想だね。」
とツカサ。
「新人くんは、ひとまず、用心深さが一方向に振り切れているセキュリティ概念を調整していったらどうだい?」
とケンゴ。
「正義が勝たないデスゲームのコメント入力のような明らかに怪しい仕事をホイホイ引き受けるほどザルな危機管理で、よく生きてきたわね。」
とメグたん。
メグたんが、ケンゴの軽口にのって、俺に軽口を叩いている。
メグたんに打ち解けられた気になって。
心の中でニヤけておいた。
「ザルなセキュリティを備えている新人くんは、他人を警戒するあまり、誰にも近付かない、信じまいと孤高に突き進む一面もあるんだよ。」
とケンゴ。
困った仕様だと言わんばかりのケンゴ。
「ショウタは、分かりやすい親切心を見せられると、警戒してヤマアラシになるね。」
とツカサ。
「俺が親切心を見る機会はないと思っていた。」
ケンゴは、ニコっと笑う。
「親切心が他人にあることを認識できたのは、新人くん自身の成長だよ。」
とケンゴ。
ケンゴは、緊張感ではなく、気さくさを見せてきている。
この際だ、と俺は思ってしまった。
気になったことを聞いてみるか、と。
「ケンゴは、俺の成長を喜んでいるのか?」
口に出してから、気恥ずかしくなった。
自分から、誰かに聞く内容ではないかもしれない。
俺の成長が嬉しいか、などと誰かに尋ねたことは、正真正銘、今日が初めてだ。
家族にも、学校の先生にも、聞いたことはない。
俺が子どものときに会った大人が俺を評価するときは、だいたい最初から高評価が当たり前だった。
最初から出来る俺は、出来ない他の子どもとは違い、凄いね、何でも出来るね、と言われてきた。
任された何かに積極的に取り組むことがなかったから、自力で挽回できないほどの大きな失敗はしたことがない。
称賛は、それ以外の鬱陶しい掛け声と共に、俺の人生について回るものだった。
俺のすることにごちゃごちゃ言って足を引っ張るやつには。
足を引っ張る才能で俺に張り合うくらいなら、俺の競争相手になりにこい、と分からせて黙らせてきた。
俺の人生は、それで問題なく回せていた。
回せている、と俺は思っていた。
俺の成長を楽しみだと見守り、俺の成長のために、俺のことを知って、俺が必要としそうだからと手を貸そうとする人がいる。
そんな人が俺にいることを、俺は初めて知った。
初めて知った事実は、今までにない気恥ずかしさを俺にもたらしている。
この気恥ずかしいさは、俺のこれまでの人生にはなかった。
正義が勝たないデスゲームに参加して、脱出が決まるまで知らなかった感覚は。
狼狽よりも喜び。
俺の中に新しい風が吹いた。
初めての経験をして、俺の頬は自然と緩んでいく。
正義が勝たないデスゲームの参加者になったことは、俺の人生を変えるだけではなく、俺自身を変えた。
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