332.北白川サナとキノは、今死んでおけと俺に言われた原因がどこにあるか、誰にあるかを?
カガネの隣にいるキノと、俺の隣にいる北白川サナは、二人揃って瞠目した。
カガネの隣から俺の真ん前に移動してきたキノは、俺の胸ぐらをつかもうとしている。
直情径行なキノらしい振る舞いだ。
俺は、キノの手を黙って払い除ける。
キノの思うままに、キノに胸ぐらをつかませてやる気はない。
「あんたは、出口まで連れてきてきた人間に、死ねばいいと言うんだ?」
とキノ。
「今から、キノはここで死ぬ以外に何ができる?」
「私は、生き延びると決めた。
今から、サバイバルゲームをクリアする。
正義が勝たないデスゲームを脱出したら、芸能界に戻る。」
とキノ。
夢を語るキノは、夢の叶え方を語っていない。
夢は、語れば叶えられるものではないと気付いていないキノにあえて聞いてやる。
「夢はないよりある方がいいが、夢を叶える算段はついているか?」
「夢を叶える算段?
私に夢を聞いておきながら、あんたは何もしないつもり?」
とキノ。
キノは、自身に足りていないことがあることに気づいていない。
キノは、足りていない部分があったからこそ、支援団体や事務所、カガネによって生かされてきた。
支援団体と事務所、カガネがしていることが自分のためになると疑いもせずに、いいように転がされることを自分に都合よく解釈できる思慮の足りなさにキノは救われてきている。
キノが生き永らえたのは、キノが賢い部類の人間ではなかったからだ。
自分で何かをなしとげようとするプライドがあるタイプではなかったから、キノは生き永らえた。
カガネにカガネのしたことを聞かされても、怒りを持続させて、カガネを頼らずに自分一人で生き延びようとしないキノ。
キノには、自分一人で立つという発想が端からない。
同じことは、北白川サナにも言える。
佐竹ハヤトやモエカが死から逃れられなかったのとは、対照的だ。
佐竹ハヤトとモエカは、その賢さが仇となり、自身の死を受け入れる選択を迫られることになった。
「キノが事務所と支援団体から切り捨てられることになったのは。
事務所と支援団体に全部手配されていなければ、何も出来ないキノが、事務所と支援団体が手を回した仕事に失敗したからではないか?
失敗するはずがないと思われていた仕事を失敗したキノに挽回する機会が巡ってくるとなぜ考えられるのか?」
キノを言い表すのに、楽天的や前向きという言葉が合うのは、キノが成功しているときのみ。
失敗したら、自身でものを考えることをしない足りなさだけがキノの印象になる。
指摘しても自身の足りなさを自覚しないキノ。
お膳立てをしても成功の確約がとれないキノに、誰がお膳立てをするのか。
支援団体と事務所が、芸能界にキノの望む立ち位置を用意していたのは、キノが望んだから、というよりも、キノがその立ち位置にいることが、支援団体と事務所の利に適っていたからという理由の方が大きい。
「私ができることは、した。
不確定要因による失敗は、私のせいではない。」
とキノ。
正義が勝たないデスゲームに参加する前のキノは、キノ自身によってツカサを支援団体の支配下におくという支援団体からの指示を失敗させている。
不確定要因からの成功ではなく失敗に振り切ることになったのは、キノ自身の振る舞いによる部分が大きい。
しかし。
キノは、失敗の原因を自分自身に求めない。
自身の振る舞いを振り返らないキノは、思考も行動も変わらない。
「学習せずに同じ失敗を繰り返すだけなら、やり直したところで結果は変わらない。
今死んでおいても、キノに損はない。
悪いことは言わない。
キノは、今、ここで死んでおけ。」
どこで何をしようとしても、誰かに何かをしてもらうことを前提にして、おんぶに抱っこが当たり前でいるなら。
おんぶに抱っこする人間がいない今のキノはどうなるか?
「支援団体や事務所が私を見捨てたのは、私に芸能界の仕事がこなくなったんだから、仕方ない。
あんたが私を見捨てることは、あんたが自分勝手だから。
私に私の未来を語らせて未来への期待を持たせたあんたが私の夢への責任を果たすのは、当たり前。」
とキノ。
「俺は、キノがキノである以上、キノを助ける気はない。
俺の助けを得られないキノは、一人で、サバイバルゲームをクリアして、正義が勝たないデスゲームを脱出することになる。
キノに出来るか?」
「私が一人で?
全員でゆっくりゆっくりと出口まで歩いておきながら、私に一人で生き延びろと?」
とキノ。
「全員で出口まで来たのは、全員の進行方向が一致していたからで、キノが誰かに助けられるためではない、とは考えなかったか?」
「未来への夢を語る私を死なせないため。」
とキノ。
キノの自分自身は絶対に助けてもらえるという疑わない心は、扱いやすくもあり、人情に訴えるものでもある。
だから、キノは生き延びられた。
これまで、キノがキノらしく生きてこられたのは、キノの足りなさのおかげだった。
だが、これからは、今までと同じようでは生きていけない。
「今の発言が、他力本願な自覚のないキノをキノたらしめている、キノらしさか。」
「勝手に納得して私に失礼なことを言うのは止めて。
あんたは、私が生き延びる方法を今から考えないと。」
とキノ。
最後の局面になっても、成功は待っていれば転がり込んでくると疑わないキノ。
自分自身で考え、自分から成功を掴みにいくという発想にならないキノを見ても、俺は、なるほどキノだ、としか思わない。
キノとの会話は、キノと俺の間に特に建設的な成果を残さずに終わった。
「ショウタは、どうして、私の生きたいという気持ちを強く揺さぶったです?
生き延びさせることを私に誤解させて、期待させて、安心させたです?」
と北白川サナ。
北白川サナは、侮蔑と憤怒に顔を染めて、俺を罵ろうとしている。
北白川サナに話して、北白川サナが理解できるかどうかを俺は逡巡した。
そんな風な二人だから、二人とも、俺に死ねと言われるのだと。
考えてみて、俺は話さなかった。
北白川サナも、キノと同じ表情で俺を睨んでいる。
俺の目の前にいるのは、俺と生き延びるために無我夢中に自発的に動き回って、俺を振り回していた新人歓迎会のときの北白川サナではない。
今の北白川サナは。
若手官僚に選んでもらえなかった。
佐竹ハヤトの信頼を得られなかった。
俺に助けないと言われた。
北白川サナの頭の中は、この三つのフレーズがエンドレスで流れていることだろう。
夢を先に語ることは、北白川サナにとっての決意表明ではなく、俺への援助要請になった。
新人歓迎会のときの計算高さと強さがない北白川サナがこの先どう生き延びられるか。
残り時間に気付かなければ、北白川サナは終わる。
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