329.北白川サナの内で消されていたものは、今、息を吹き返す。
サバイバルゲームに参加している中で、一番苦汁を舐めていないのは、間違いなく俺だ。
とつとつと胸の内に秘めていた夢を思い出して語る北白川サナは、生き延びるためだけに支援団体の庇護下に入ることを余儀なくされて生きてきたこれまでを打ち壊そうとしている。
北白川サナが俺を誘導し、俺が知らないうちに、俺を守っていたのは。
北白川サナ自身に俺を死なせないつもりがあったことも大きい。
ただ、正義が勝たないデスゲームに参加することになった北白川サナが俺を死なすまいとした動機は混沌としていた。
北白川サナの自身が救われたいという願望と。
支援団体からの支配による影響と。
タケハヤプロジェクトを離脱した学生達の意思の押し付け。
これらを頭の中でまぜこぜにして、そのことについての思いごと飲み込んできたから。
支援団体からの迫害とタケハヤプロジェクトを離脱した学生からの謝絶が続く中で。
北白川サナが、自身の気持ちや希望や夢を持てなくなったのは。
迫害による思考能力の低下や萎縮と。
これ以上苦しまずに生き延びようとする本能のせい。
北白川サナは、タケハヤプロジェクトの二番手だと評価されていた。
北白川サナが二番手と聞いたときの俺の素直な評価は、悪くない、だった。
佐竹ハヤトという時代を超える天才が同時代にいたから、日が当たらなかっただけで、佐竹ハヤトの論理を理解し、佐竹ハヤトのしたいことに技術と学術の両面で過不足なく協力できる北白川サナの能力を二番手だからと軽んじるのは、北白川サナの優秀さを理解できない凡人だけだ。
俺は、俺を守る北白川サナという盾がいなければ、今日のサバイバルゲームに参加するまで生き延びていない。
北白川サナにどういう思惑があろうと。
正義が勝たないデスゲームに初めて参加した俺を北白川サナが生かさなければ。
今日、俺は、正義が勝たないデスゲームを脱出した後の話などできなかった。
佐竹ハヤトと意見を交わせる俺に言わせれば。
タケハヤプロジェクトを離脱した学生は、凡愚ゆえに自身より優れた者の優秀さを理解しておらず、自身よりも優秀な人の間には優秀さに違いがあるなどと考えることはない、ということだ。
図られて、貶められ、追い込まれた末に死ぬしかない正義が勝たないデスゲームに参加した北白川サナの内にある本質は、今、息を吹き返した。
「バイバルゲームをクリアして、正義が勝たないデスゲームを脱出して、したかったことをする気か?」
「する、です。」
と北白川サナ。
北白川サナの短い返事には、これまでこもっていなかった強い意思が宿っている。
いい兆候だ。
俺が、敵に回そうとしている相手は、死にたくないという思いだけで勝てる相手ではない。
キノといい、北白川サナといい。
内側から溢れてきて、諦められないような欲望は、強ければ強いほど、人でい続けるためのよすがになる。
望みを持つことを諦めることは、人として生きながら死んでいるも同然。
「俺は、この国に生まれ、この国に住んで、この国で育ち、この国で骨を埋めるつもりで生きてきた。
この国で生まれたら、この国で生きて死ぬ人生であることに、問題があるはずがない、と思い込み、そのことについて思考したことなどなかった。」
「今、思考してみた感想は?」
とメグたん。
「見ようとしないから今まで気にしてこなかったが。
今のこの国には、俺の気に食わないものがありすぎることが分かった。」
「誰かのために、という綺麗事を唱えた本人だけがいい目を見る。
皆のために、という理想論を掲げる高揚感は、不都合な事実を増やす。」
とカガネ。
カガネは、俺の思考に一番近い。
俺が、正義が勝たないデスゲームに参加して見たものは、表に出さないことを誰かが決めて、隠し通していた事実。
俺自身の思いも含めて。
正義が勝たないデスゲームで見聞きしたこと、実感したこと、気づいたこと。
正義が勝たないデスゲームを脱出後の俺は、正義が勝たないデスゲームで得たもの、失ったと気づいたものが何であるかを表に出す選択はしない。
墓場まで腹の中から出さずに持っていく。
正義が勝たないデスゲームで俺の得たものも、俺が失っていると知ったことも、俺自身の武器で、俺の一生物の宝だ。
「俺は、俺自身が、誰かのための誰かの中にも、皆のためにの皆の中にも含まれないと知っている。」
期待をかけられたことはあっても、感謝を示されたことはあったか?
自我が芽生えてからになるが、俺の記憶には、ない。
ましてや、我慢や許しではなく。
認められた上での賞賛や、庇われたり、助けられたりしたことなどは。
サバイバルゲームに参加して、現時点の生き残りには、我慢を強いられ、許しを求められる存在だったという共通点が見出だせないか。
「ショウタは、これからどうする?」
とメグたん。
全員が、俺に注目した。
体を動かせないラキちゃんも、耳は澄ませている。
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