3.追いかけられて、走って逃げるデスゲームにコメントせよ。行き止まりの窓を開けた。そして?
天井付近の空気を吸って吐いて。
空気を吸っているのに、水を吸ってむせて。
水を吐き出そうとしては、体力を奪われ。
力尽きかけて、水を飲んでは、水を飲んだ苦しさに、意識を取り戻してもがくことを繰り返し。
結局。
女参加者は、脱出できず水中で息絶えた。
呼吸を止めた体が、水中を漂っている。
女参加者が生存中、コメント欄には、女参加者の安否を気遣うものがあったが、動かなくなってからは、ゲームの出来を称賛するコメント一色になった。
「感動した!」
「感動した!」
と飛び交うコメント。
俺は、コメント指示を初めて無視した。
コメント?
どう見ても、女は溺れ死んでいたのに。
コメントしている場合か?
人が目の前で死んでいるんだぞ?
笑えないだろう?
感動する要素がどこにある?
俺は、コメント欄の異様さを警戒して、定型句をコメントに選んだ。
コメントをする人と俺は、感性が合わないだけだ。
俺は、その夜、目が冴えて眠れなかった。
目を閉じると、思い出す。
リピートする。
まぶたの裏に。
水を吐き出そうとして咳き込んだ瞬間。
水位が上がってきて、吐き出そうとした分以上の水が口に入った女の表情。
女の口や鼻から漏れた音。
天井近くで息継ぎしようとした女が、水中を漂う棚に乗ろうとしたところ、棚が斜めになった。
棚が女の体の上になったために、女が棚の下から出ようとするシーン。
女は、水難事故にあったときの心得があったようで。
水位が身長より上にきて、ドアノブを持てなくなってからは、浮きながら救助を待とうとしていた。
女の賢さに感心した。
救助を待つために体力を温存するなんて、パニックになっていたら、なかなか思いつかない。
顔色を悪くしたまま、女は粘り強く、生き延びようとしていた。
生き延びるために、最後まで自分ができることを諦めなかった。
泳げて、水難救助についての知識があって、実践できるだけの冷静さが、女にはあった。
俺は、頑張っている女に共感して応援していた。
最後まで、諦めたらだめだ、と。
それなのに。
まさか。
救助が、ないなんて。
俺は、まんじりともせずに、ベッドから出てきた。
日付が変わって、次のデスゲームが始まっている。
今日のデスゲームの内容は、参加者が、舞台となるビル内を縦横無尽に走って逃げるお題だ。
何かから逃れようとした男参加者が、恐怖に顔を引きつらせながら、窓を開けた。
窓?
鳥に追われている?
一瞬、ミサイルに追われている?と考えたが。
さすがに、ミサイルは、漫画の読みすぎだろう。
窓を開けた男は、窓のさんに足を乗せた。
『正義が勝たない』デスゲームは、窓から脱出できたのか。
他の人は、窓から出入りしていなかった。
とっさに思いつかなかったんだろう。
この男は、土壇場で閃いたのか。
閃きがあるか、ないか、は、生まれもった才能かもしれない。
俺は、安心していた。
この男は、助かりそうだ。
一安心。
俺は、すっかり気を抜いていた。
男の次の行動から、何が起きるか、なんて、俺は予測の一つも立てていなかった。
男は、窓のさんに両足を乗せた。
ふっと男の姿が画面から消える。
カメラを切り替わって。
男が、窓から身を躍らせた後。
地面に叩きつけられて、動かなくなっている映像が映し出された。
男は、頭から血を流していた。
大写しにされた男の顔は、横を向いている。
まだ息がある。
瀕死。
だが、まだ生きている様子が画面から伝わってきた。
助けは、来るのか。
俺は、今回で見極めようと思った。
今回、救助が来たら、前回の女の件は、たまたま。
事故だったと割り切ることにする。
だって、こんな美味しい仕事、他にはない。
コメント指示のアラームを聞きながら、俺は待った。
男が息を引き取るのが先か、救助が来るのが、先か。
これは、俺にとっての賭けだ。
今日。
俺は、この仕事を今後は引き受けないことに決めた。
キャンセル?
中途解約?
まあ、いい。
俺は、もう、手を引く。
心残りが一つもない、わけではないが。
やってられない。
『正義が勝たない』デスゲームのコメント欄は、男への辛辣なコメントに埋め尽くされている。
「逃げ出して死んで終わりにするなんて、安易すぎる。」
「失敗だ。」
今までの参加者は本当に死んでいた、と思った俺は、コメントを入れる仕事を辞めたいと申し入れることに決めた。
俺は、極力働きたくない、楽して稼げるなら、うんと楽して稼ぎたい怠け者だ。
それでも、人の死に方を評価して稼ぐほど、俺の中身は腐ていない。
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