22.ラキちゃんは、言った。『内野が、内野に攻撃するのはルール違反だから、正当防衛が成立する。』
「自分で考えることを止めたとき、人の退化は始まる。
元々の知能が、四十点か九十点かで、出発点は異なるけど、右肩下がりになっていく。
人生と知能は、比例するか、反比例するか。
反比例すると歴史が証明するなら、人は知能を上げようとはしなかった。」
とラキちゃん。
ラキちゃんは、どんな場面でも、冷静で辛辣。
ふーくんは、今からでも、ラキちゃんにごめんなさいをした方がいい。
気が進まないまま、重い足取りで向かってくるふーくんに、ラキちゃんは、淡々と話す。
テニス経験者っぽい男は、男リーダーの指示で、投げるのを中断し、先行きを見守っている。
外野にいる紅一点は、のろのろと歩くふーくんにフリスビーを投げつけている。
紅一点の事情については、ラキちゃんの推測が当たっていそうで、なんともいえない。
「ふーくんは、お勉強ができないわけではなかったのに。
真っ先に逮捕される下っ端って、完全に無学な人は少ないよ。
無学過ぎると、下っ端に向かない。
弁える頭がないと、下っ端として、使えない。」
とラキちゃん。
「ごめん、ごめん、ラキちゃん。
こうするしかないんだ。」
とふーくん。
謝り倒しながら、ラキちゃんに危害を加えにいくのを中止しないふーくん。
「腰巾着というより、パシらされて捕まる人の言い訳をふーくんの口から聞く日が来るとは。」
と語るラキちゃんは、淡々としている。
ふーくんは、ラキちゃんと目を合わせないようにしている。
ラキちゃんの顔を見ないように、斜め下を向いているふーくん。
「ラキちゃんには悪いとは思う。
でも、俺を恨まないでほしい。
これは、デスゲームなんだろ?
ラキちゃんは、ヘマして、デスゲームに参加することになったんだから、ラキちゃんが、デスゲームしているのは、俺のせいじゃない。
俺は悪くない。
デスゲームだから、恨みっこなし。」
とふーくんは、言い訳ではなく、自己弁護を繰り返しながら、ラキちゃんにタックルをかけにいった。
「内野が、内野に攻撃するのは、ルール違反だから、正当防衛が成立する。」
とラキちゃん。
タックルをかけにいくふーくんは、ラキちゃんを直視できずに、ラキちゃんの足元ばかりを見ている。
「へげえ!」
とふーくんが叫んで、地面に転がった。
罪悪感から、ラキちゃんの足元に視線を落としたまま、顔を上げていなかったふーくんは、ラキちゃんの上半身の動きが見えていなかった。
ラキちゃんは、両手を一つに握り、握り拳をふーくんの脳天に落として、ふーくんの頭が下がったタイミングで、ふーくんの顔面に膝蹴りをかましていた。
ラキちゃんが、流れるように、ふーくんへ暴力をふるう姿に、俺は、言葉を失った。
ラキちゃんは、平常心を守ったまま、動揺することなく、暴力をふるった。
ラキちゃん自身が助けようと、助言し続けていたふーくんに暴力をふるうことに、ラキちゃんは迷わなかった。
俺は、誰かに進んで、暴力をふるおう、と思ったことはない。
暴れているやつを見て、逃げそびれたやつを見て、何もせずにそこにいるのが、俺だった。
俺は、傍観者でいることに、安心して、今日まで生きてきた。
デスゲームも、他人として見ている分には、ちょうどよかった。
どんなえげつないシーンを見ても、動画と俺とは関係ない、という、あってないような、どうしようもない確証が、動画を見る俺の正当性を証明しているような気がしていた。
ラキちゃんは、手加減なしに、ふーくんの顔面に膝蹴りを入れていた。
ふーくんの顔面のどこかは、骨折しているだろう。
ふーくんに膝蹴りをしたあと、ラキちゃんは、床に転がって顔面を押さえているふーくんの足元に回った。
ラキちゃんは、顔面の痛みに気を取られているふーくんの無防備な足首に、体重をかけた。
「うがああ。痛い、痛い、助けて、助けて。」
と懇願しながら泣き叫ぶふーくんは、顔面から血を流している。
ふーくんは、もう、ドッジボールの攻撃を躱すことはできない。
うめきながら、血と涙と鼻水を地面に垂れ流すふーくん。
ラキちゃんは、ふーくんが無力化した、と判断したのか、顔面と片足の足首を押さえているふーくんから離れた。
ラキちゃんは、ふーくんから視線を外し、男リーダーを見ている。
「私をさしおいて、生きていけるとは考えないように、と最初に私が言った結果が、これ?」
とラキちゃん。
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