202.誰かのために、体を張ろうと思えたのは。誰か、がラキちゃんだから。佐竹ハヤト、俺の友達、の希望は叶えられないかもしれない。
俺は、誰かのために、俺自身をすり減らす考えを持っていなかった。
誰かに尽くすことも、貢ぐことも、俺の理解の範疇にない。
俺は、俺自身のために、努力してきた。
その努力の集大成を俺以外の誰かのために使う?
考えたこともなかった。
だが。
俺は、今日、人生で初めて、誰かのために、俺の体を張ろうと決めた。
その誰か、は、ラキちゃん。
俺は、俺のささやかな協力が、ラキちゃんを助けることになる、と本気で思っていた。
ラキちゃんが怪我もなく、元気でいてくれたなら、それでいい、と俺は考えていた。
俺とラキちゃんが、共に生きることは、望めない。
ラキちゃんは、正義が勝たないデスゲームから出られない。
俺に、正義が勝たないデスゲームの中で生きる気はなく、生き延びられる適性もない。
正義が勝たないデスゲームにいると、俺は、すぐ死ぬ。
今日まで、俺が無事でいられたのは、正義が勝たないデスゲームの運営に俺を殺す意思がなかったから。
共に生きていくことができないなら、正義が勝たないデスゲームの中で、生きていてほしい。
俺がラキちゃんに願うのは、その一つだけ。
俺は、俺のたった一つの願いを叶えることは、難しくない、と思っていた。
メグたんとラキちゃんの戦いを見ても、まだ、俺は、危機感を覚えていなかった。
俺の命が、危険にさらされていなかったから。
俺は、カメラもスマホもないのに、画面越しで、ラキちゃんを応援していたときと、同じ心境でいた。
正義が勝たないデスゲームに参加している俺にとって、死は、よくある日常になっていたのに。
俺は、まだ、生き死にが一瞬で決まる日常を飲み込めていなかった。
俺が死ぬわけない、と俺はタカをくくっていた。
俺は死なないだろう。
俺には、デスゲーム運営が送り込んできた北白川サナがいる。
だが、ラキちゃんはどうか?
俺がラキちゃんといることは、ラキちゃんの生存率を上げることに繋がるか?
俺がラキちゃんを助けられると考えていたことには、何の根拠もなかった。
ドッジボールで、俺が、何もしなくても、ラキちゃんが無事だったのは。
ラキちゃんの奮闘する場に俺がいなかったから。
俺は、ラキちゃんを画面越しに見ていて、応援しているだけだった。
今、起きていることは、画面越しの出来事などではなかったのに。
ラキちゃんに会えたこと。
ラキちゃんと話せたこと。ラキちゃんが名前を呼んで、助けて、と言ってくれたこと。
全部、俺の手の届く範囲で起きていたはずなのに、俺は当事者意識を持っていなかった。
当事者意識を持たない俺は、ラキちゃんが危ないと思っても、ラキちゃんは死なないだろうと考えていた。
自身が安全圏にいた俺は、人の生き死にが迫っているという実感を持ち合わせていなかった。
ラキちゃんを助けたいと、ラキちゃんに頼み込んで、ラキちゃんと同じ空間にいた俺の、死なないでほしい、という約束に、できるかどうか、と苦笑していたラキちゃん。
俺の安全を担保してくれていたのは、誰か。
俺は、やっと気づいた。
ラキちゃんを死なせたくないのは、誰か?
俺だ。
ラキちゃんが、殺されるのを黙って見ていていいのか?
よくない。
正義が勝たないデスゲームから脱出できる俺は、正義が勝たないデスゲームで生きていかなくてはいけないラキちゃんを、怪我なく生かしたい。
ラキちゃんを怪我なく生かしたいことが、俺のしたいことなら。
俺は、俺のしたいことをするために、最善を尽くす。
何も持たない、戦う意欲もない俺が、戦いに参加するとは、メグたんもラキちゃんも思っていない。
メグたんとラキちゃんの二人が想定していなかったことを、メグたんに防げるはずがない。
俺は、ラキちゃんを追い込んでいるメグたんの背後に踏み込める位置へと移動した。
砂をかけていたときは、メグたんとラキちゃんの横からかけていた。
うまく動こう、や、成果を上げよう、と、戦いのノウハウを知らない俺が考えるのは、下手な考え休むに似たり。
俺が動くことの利点を活かすには、二人が予測されない内に動くこと。
動くなら。
メグたんとラキちゃんが、俺のポジションの違いに気づく前に。
素早く。
ラキちゃんにも察知されないうちに。
俺は、メグたんの背中に向かって、飛びかかった。
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