201.俺は、死ぬ気にならなくても、ラキちゃんの助けられると考えていた。ラキちゃんは、命をかけているのに。ラキちゃんが俺をあてにしない理由は、一つ。
メグたんが、ラキちゃんを構うのは、ラキちゃんではメグたんに敵わないから。
メグたんは、ラキちゃんの先輩で、メグたんの同期で、メグたんを逮捕したハコさんを好敵手として認めていた。
メグたんは、ハコさんが、正義が勝たないデスゲームを脱出することに対してしていた努力を認めていた。
ハコさんが正義が勝たないデスゲームを脱出できたとき、メグたんは妨害しなかった。
一度脱出してから、正義が勝たないデスゲームに戻って来たハコさん。
ハコさんの思考や行動は、正義が勝たないデスゲームを脱出する前と後とで、変化した。
メグたんは、変わってしまったハコさんを変わったままにしておかなかった。
優秀な若手刑事如月ハコを変えるほどの何かが、正義が勝たないデスゲームを脱出した直後に起きた。
正義が勝たないデスゲーム脱出後、再び正義が勝たないデスゲームに戻ることを選んだ女刑事如月ハコの人生観を変えた何か。
何が起きた?
俺は、ハコさん同様に、正義が勝たないデスゲームからの脱出を目指している。
ハコさんが体験したことと同じことが、俺の身に起きないと言えるか?
正義が勝たないデスゲームを脱出後、正義が勝たないデスゲームに戻って来たハコさんが、ソロ出演で溺死するまでのスパンが長かったとは思えない。
正義が勝たないデスゲームから脱出直後の取捨選択を誤ると、正義が勝たないデスゲームに参加しているだけよりも死期が早まるのではないか?
俺は、メグたんとラキちゃんの会話を思い出しながら、土を投げ続けている。
ラキちゃんの劣勢は変わらない。
ただ、メグたんがイライラしている分、ラキちゃんの分が良くなった。
「部屋にいるのが分かっていて、今すぐ潰すほどではなくとも、視界に入ってくるコバエはうっとうしい。」
とメグたんは、淡々と言う。
足音がしない土は、俺の存在を完全に分からなくするのではないか、と思ったが、そんなことはないのだと俺は知った。
俺は、握っていた土を投げるのを見送った。
土以外で、他にも何かないか?
メグたんが、ラキちゃんよりも、俺を殺しにきたら。
メグたんに俺を殺させないために、ラキちゃんは、身を挺して、俺を庇いにくる。
ラキちゃんの命を危うくして、体力を削ることになっては本末転倒。
名案が浮かばない俺が土を投げなくなった途端。
メグたんの勢いが増した。
ラキちゃんの勢いは、変わらない。
メグたんは、ラキちゃんの目や喉に狙いを定めて、潰そうとしていく。
ラキちゃんは、避けきれずに、防御しようと手を持ち上げた。
メグたんは、その手をつかんで、曲げようとした。
関節が、曲がらない方向に。
手首を折られそうになったラキちゃんは、メグたんに体重をかけながら、蹴りを入れる。
手首が折られる前に、メグたんから、手を取り戻したラキちゃんは、メグたんにつかまれないように、メグたんから距離をとる。
ラキちゃんは、メグたん相手に攻撃することも、防戦することもままならない。
ラキちゃんからメグたんとの距離を詰めることは、ラキちゃんを追い詰める結果を残している。
メグたんとラキちゃんの戦いは、メグたんが、真綿で首を絞めるようにラキちゃんを追い詰めていく場面に終始している。
俺は、手に持っている土を手からこぼした。
土を投げたり、投げるのを止めたりするくらいでは、メグたんを翻弄できなかった。
メグたんの圧倒的な優勢を覆すには?
俺は、握っていた土を捨てた手を見る。
俺は、死ぬ気にならなくても、ラキちゃんを助けられると考えていた。
とんだ甘ちゃんだ。
ラキちゃんは、命を賭けて戦っている。
ラキちゃんが、俺に頼ろうとしないのはなぜか。
刑事の責任感があるから、ラキちゃんは俺に頼ろうとしない?
違う。
俺は、見当違いな解釈で、俺自身を安全圏に置いていた。
俺が小手先の技で誤魔化すことばかり、考えていたからだ。
命を賭けて、体を張るラキちゃんの助けになるには、どうすればいいか?
絞る知恵もなく。
逆転するだけの秘策も持たない俺が、できること。
最初から。
答えは、一つしかなかった。
俺が、避け続けてきた、たった一つの方法。
その方法をとるなら。
形勢を逆転するまではいかなくても、終わりが見えた戦いの結末をどうにか、ずらすことはできるだろう。
俺は、自問自答する。
俺は、ラキちゃんが生き延びるチャンスを作るために、体を張れるか?
俺が、体を張っても、ラキちゃんが、確実に生き延びれるとは言い難い。
生き延びるチャンスをラキちゃんはつかめるかもしれない、という高望みはできないレベルの話。
俺が、手をこまねいて見ていたら、ラキちゃんは、俺の前で死ぬ。
ラキちゃんが、抵抗も虚しく、負けて死んだ、という状況になったときに、後悔しないか?
俺は、モエカを助けなかった。
モエカのときは、理由をつけて、助けないことを俺の中で、正当化した。
ラキちゃんは?
ラキちゃんに対しても、俺は、助けないことを正当化するのか?
俺は、何のために、ラキちゃんに声をかけた?
ラキちゃんに助けて、と名前を呼んでもらったことを俺の自己満足で終わらせていいのか?
俺は、仕方ないなあ、という心境からではなく、生きたいと願うラキちゃんに、信頼されて、助けを求められたい。
手足をぶらぶらさせて、関節を動かす。
学校に通っていた頃よりも、関節がかたくなっている。
俺は、人生で初めて、腹をくくった。
ラキちゃんの足は引っ張らない。
俺の体は、張る。
ラキちゃんにチャンスを作って、ラキちゃんを死なせないために。
ラキちゃんとメグたんは、移動し続けている。
ラキちゃんが、距離を空けて、メグたんが、距離を詰める。
俺は、メグたんを目指して、音のしない地面を歩いた。
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