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2.水没する部屋からの脱出にコメントせよ。

俺は、固唾をのんで、画面の女の動きを見守った。


水位が、ニセンチ、三センチくらいなら、まだ扉が開いたのではないだろうか。


水位が十センチになってから、三十センチになるまではあっという間だった。


このままだと、女がいる部屋は、遠からず水没する。


女は部屋にいることの危うさに気づいて、扉を開けようとした。


扉はびくともしない。


女は、助けを求めるべく、大声をあげた。


カメラが、女がいる部屋に面した廊下を映し出す。


廊下も水没しており、歩いている人はいない。


廊下の先から水が流れ込んでくる音が響いている。


女は、周囲に誰もいないと察するまで、大声をあげて、扉を叩き続けた。


部屋の水位が上がっていく中、逃げ出そうと諦めない女参加者に、コメントが集まっている。


女は、自力で脱出しないと、部屋から出られないと遅まきながら気づいて、半分近く水没し始めた部屋の扉を開けようとしている。


ドアノブまで、水に浸かったとき。


女は、明らかに焦りだした。


「どうして、どうして。ねえ!どうして開かないのよう!水が、水が全然ひかない!部屋の中が水浸しじゃ済まなくなる!」


女は、水に浸かっているドアノブを回して、必死に扉を開けようとしている。


女がドアノブを回そうとする間も、部屋の水位は上がり続けた。


「止めて、止めて!水を止めて!扉が開かなくなっている!閉じ込められたわ!この部屋には、窓がない。扉が開かないと、出られないのよう。こんなところに閉じ込められるなんて聞いていない。」


女は、ドアノブから手を離すまいとして、両手でドアノブを握り出した。


水位は上がり続けている。


水位がドアノブを超えたあたりから、水の流れ込む勢いは分からないけれど、水位の上がり方が早くなってきている。


水は、女性の顎の下まで上がってきた。


そろそろドアノブから手を離さないと、顔が浸かる。


女は、顔を水に浸けないように、顔だけ上を向こうとした。


顔だけ上を向こうして、鼻以外が水に浸かりかける。


女は、とうとう、ドアノブから手を離した。


水に浮こうと爪先立ちになっている。


女が靴を置いた棚は、水に浮く素材で出来ていたのか、床から浮いて、部屋の中を漂い出した。


女は、棚につかまった。


女が棚を掴んだ拍子に、棚の上に置かれていた女の靴は、棚から落ちて、水の中へ。


緊迫している。


俺は手に汗握る展開に釘付けになっていた。


水位は上がり続け、女は、棚につかまりながら立ち泳ぎ状態。


女の顔色は、次第に青ざめていった。


水温が、水道水より低めだったりするのか?


湯気は見えない。


女の棚を掴む手は、時々は、離れる。


棚から離れたと気づいた女は、棚をつかみ直す。


天井までの水位は、十センチ未満になった。


女は、立ち泳ぎしながら顔を上に向けている。


棚から手が離れた拍子に、女は水を飲んで、咳き込んだ。


咳き込むあまりに、顔が上を向けなくなり、女は再び水を飲んだ。


溺れていないか?

不意にそんな感想が頭をよぎる。


演技だろ?

迫真の演技に決まっている。


今までだって、そうだったじゃないか。


今回だけ、違うなんて、そんなはずないだろう?


本当に溺れているんだとしたら。


流石に、助けるはず。


俺は、部屋の水位が上がり切る前に、女は救出されるんだと思いこんでいた。


思い込もうとしていた。


もし。

女が演じているわけではないのなら。


演技していないのが、目の前に映されている女だけではない、など、どうして言える?


だって、そうだろう?


目の前にいる女が溺れているのが、演技ではないなら。


本当に、溺れているのなら。


俺が、今まで見てきた人達は。


迫真の演技だと、役者魂を褒め称えてきた出演者は。


実は、演技ではなかった、なんてことに。


俺は、湧き上がる恐ろしい疑惑を全力でねじ伏せた。


大丈夫、大丈夫。


リアルの殺人なんて、そうそう、お目にかかれるわけがない。


殺人なんて、堂々とやるもんじゃない。


俺は、気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返す。


アプリにコメント指示が飛んできている。


何か、何かコメントしないと。


仕事だ、そう、これは、仕事なんだから。


俺がコメントを入力する前から、コメント欄は大盛り上がりを見せている。


コメント欄は、女への応援コメントに溢れていた。


『助かる見込みはないのに、諦めずに足掻くなんて、素晴らしい生への渇望だ。』

というコメントに賛同のコメントが続いている。


女への賞賛。


賞賛か?


これは、賞賛なのか?


賞賛だというなら、コメント主は、何を賞賛しているのか?


俺は、コメント指示のアラームを聞きながら、コメントを打つための指を動かせずにいた。


なり続けるアラーム。


俺の指は、関節が固まったかのように、一向に動かなかった。


俺が、見ているものは、何だ?


俺は、何を見ているんだ?


俺は、いったい何をして、金を稼いでいる?

楽しんでいただけましたら、下の☆で応援くださると嬉しいです。

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