189.正義が勝たないデスゲームを脱出することが許されるための唯一の条件。
「ラキちゃん。
どうして、来てほしくないの?
私とラキちゃんがお話をするだけなら、誰がいても一緒よ?
仲間に入れてあげたらどう?」
とメグたん。
メグたんの声だけで判断すると、思いやり溢れる台詞だが、メグたんの表情は、台詞とは不釣り合いなほどの愉悦に染まっている。
「今の私達が、話し合いをしていると言える?」
とラキちゃん。
締め上げられかけていたラキちゃんは、どうにかこうにか、メグたんから離れた。
メグたんは、わざとラキちゃんを逃がしたのか?
「わざと力を緩めた?」
俺が持った疑いをラキちゃんも抱いたようだ。
「怖い顔で、お話なんて似合わないわよ、ラキちゃん。
ラキちゃんの一生懸命さは、とても可愛いわ。」
とメグたん。
「可愛い顔を見たいなら、私が怖い顔をしないで済むように、今のうちに、私に話してください。」
とラキちゃん。
「どうしたの?ラキちゃん。急に改まって。
何かおかしなものを食べた?
血の巡りが悪くなった?
心配だから、近くでよくみてあげるわ。」
とメグたんは、ラキちゃんへと足を踏み出し、距離をつめようとする。
素早く身を翻し、近くにあった木の後ろに回るラキちゃん。
「近づかないでください。」
と話すラキちゃんの背筋はぴんと伸びている。
メグたんは、ラキちゃんに逃げられても動じない。
「ラキちゃんは、私と仲良く話をしたくないの?
私が知っている何かを聞きたくて仕方がないのに、聞かないの?
また、同じ機会がめぐってくるとは限らないわよ?
いいの?ラキちゃん。」
とメグたん。
ラキちゃんは、木の後ろから出ていかない選択をした。
「答えていただけるのであれば、答えていただきたく思います。
無理に、とは言いません。
メグに証言も求めません。」
とラキちゃん。
「ラキちゃん、もっと簡単に生きたくない?
人間は、人間らしく生きていける場所を探せばいいの。
正義が勝たないデスゲームの中での生活は、悪くないと思わない?」
とメグたん。
「メグにとって、正義が勝たないデスゲームの中の暮らしは、快適ですか?」
とラキちゃん。
「最高の住処ね。」
とメグたん。
「ハコさんは。」
とラキちゃんは、言葉を探す。
「ハコさんにとって、正義が勝たないデスゲームの暮らしは、どうでしたか?」
とラキちゃん。
「ハコは、不撓不屈の精神の持ち主だから、充実していたと思うわよ。ラキちゃんよりも。」
とメグたん。
「充実していたハコさんは、どうして、死ぬことになったのですか?」
とラキちゃん。
「ラキちゃんは、ハコが大好きなのね?可愛いわ。」
とメグたん。
木の後ろにいるラキちゃんの声は、俺、ラキちゃん、メグたんの三人しかいない空間で、よく通った。
ラキちゃんは、刑事とは名乗らない。
潜入捜査だからだろう。
刑事だと明かさないラキちゃんは、刑事として、メグたんに話を聞こうとしていた。
「ラキちゃん、ハコと仲良しだったら、私とも仲良くなれるわよ?
私とハコは、よく知った間柄だから、ハコがいなくなて寂しいラキちゃんのことを可愛がってあげるわよ?」
とメグたん。
メグたんは、モエカの後釜にラキちゃんをすえるつもりか?
サバイバルゲームが始まるかどうかの瀬戸際で、メグたんに声をかけてきた中にいなかったラキちゃん。
「ハコさんは、私の尊敬する先輩でした。
先輩だから、先に行く、とハコさんは言ってくれました。
私は、ハコさんに、後から交代する約束をしていました。
ハコさんには、死ぬ理由がありません。
死ぬ理由がないなら、ハコさんは、死にそうな事態を死に物狂いで回避する人です。
ハコさんが参加した最後のデスゲームであるドッジボールで、ハコさんは終始無抵抗でした。
ハコさんが、溺死することになった水浸しの部屋の中で、一人でこもっていたことも、不自然でした。
ハコさんに、何が起きたのですか?」
とラキちゃん。
「簡単よ、ラキちゃん。
ハコは、正義が勝たないデスゲームの中にいたくなかったのよ。
正義が勝たないデスゲームを脱出する方法を見つけたハコは、それを試して成功したから、もう一度試したくなったの。
二度目は、うまくいかなかった。
それだけのことよ?
難しく考えることはないわ。
人は失敗するものよ、ラキちゃん。」
とメグたん。
「ハコさんが、正義が勝たないデスゲームから脱出しようとしていたのなら。
私と交代しようとして、ですね。」
とラキちゃん。
「ハコは、初日から、正義が勝たないデスゲームから出たがっていたのよ。
おかしいわね?
こんなに住みよいところは他にないのに。」
とメグたん。
「おかしくなんてありません。」
とラキちゃんは律儀に返す。
「ラキちゃんは、正義が勝たないデスゲームから脱出したい?」
とメグたん。
俺は、瞠目した。
メグたんの考えは、ラキちゃんを手元におくのではなかった。
「脱出できるならしたいです。
私は、ハコさんが亡くなったことを伝えないと。
メグは、正義が勝たないデスゲームを脱出する方法を知っているのですか?」
とラキちゃん。
刑事のラキちゃんは、慎重だった。
「ラキちゃんが、脱出したいなら、私が協力してあげようか?」
とメグたんは、軽く聞いている。
メグたんの親切な申し出をラキちゃんは、拒否しなかったが、メグたんに委ねることもしなかった。
「私が脱出することに協力してくださるのは、助かります。
方法を教えてください。」
とラキちゃんは、慎重なまま。
「ラキちゃんが、一人で、脱出するのは、無理よ。」
とメグたんは、満足そうに微笑む。
俺の頭の中で、警報が鳴っている。
「ラキちゃんは、正義が勝たないデスゲームの脱出方法を知りたいの?
ただ教えるだけでは、楽しめないわね。
ヒントをあげるわ。
ハコは、独力で答えを見つけて、機会をうかがっていたわよ。
一度目が、成功したのは、その成果。
さすがは、ハコ。
ハコの執念は、美点だと私は思っているわ。
ハコの二度目が失敗したのは、失敗するものだったから。」
とメグたんは、ハコさんを懐かしむ。
「分かりません。ヒントを追加してください。」
とラキちゃんは、悔しさを控えめに表現した。
「次のヒントは、ハコが最後に参加したドッジボールでのハコの行動の中にあるわ。
ちょうどオウカもいたわね。」
とメグたんは、半歩前に出た。
ラキちゃんは、メグたんとの距離が縮まらないようにするためか、今隠れている木よりも後ろの木の背後に移動。
「警戒されているわね。」
とラキちゃんの行動を微笑ましく見守るメグたん。
俺は、ハコさんの最後のドッジボールを見ていない。
人づてに聞いた情報を頭の中で繋げていくか。
ドッジボール中のハコさんは、無抵抗で、標的になった他者の身代わりになって、助けられるのを期待した。
絞り込まれ過ぎて、何がポイントか分からない。
メグたんは、ハコさんの執念を褒め称えていた。
ハコさんが、繰り返した、もしくは、情熱を持って取り組んだ何かが、ハコさんに関するヒントの大枠か。
俺は、ハコさんを直接知らない。
ハコさんについて知っている情報は、ラキちゃん、メグたん、あと、顔と首に火傷していた女二人が話していた内容。
ラキちゃんが、ラキちゃんの情報から答えを導き出せていない。
俺は、女二人の情報からアプローチするか。
ハコさんは、正義が勝たないデスゲームの進行を妨害していた。
正義が勝たないデスゲームを成り立たせないようにすると宣言していた。
殺されそうな方を助け続け、正義が勝たないデスゲーム内で、人殺しが起きないようにしていた。
人を殺すことを求められている正義が勝たないデスゲーム内で、人殺しが起きないように妨害して回ったハコさん。
俺は、はたっと気づいた。
デスゲームに参加中に、人殺しの妨害をしていたら、ハコさん自身も、人殺しをする暇がないのではないか。
女二人は、揶揄していた。
人を殺していないことを。
ということは。
正義が勝たないデスゲームから一度目の脱出をする前のハコさんは、誰も殺していない。
脱出して舞い戻ってきてからのハコさんも、同じだ。
正義が勝たないデスゲームに参加していたハコさんは、参加していた期間が短くないにもかかわらず、人殺しの経験がない。
ハコさんは、正義が勝たないデスゲームの人殺しをするという生存のためのルールを真っ向から否定し、一度目の脱出まで、問題なく生き延びた。
正義が勝たないデスゲームの他の参加者から疎ましがられていたことなどは、些事。
ハコさんは、他の参加者の反感を買っても、人殺しをしなかった。
大々的に人殺しをしていないと、正義が勝たないデスゲームの生存ルールを破ることになり、自身の死は免れない。
正義が勝たないデスゲームを成り立たせないように、堂々と人殺しを妨害するようになったのは、ハコさん自身が人殺しにならないためだったのではないか?
ハコさんが、人殺しにならないために、周りから疎ましがられることを厭わなかった理由は、何か?
メグたんによると、ハコさんは、初日から、正義が勝たないデスゲームを脱出するという野望を持っていた。
ハコさんは、執念の人。
以上から。
正義が勝たないデスゲームを脱出するための条件を推測すると。
俺の位置からは、メグたんを警戒しながら、頭を働かせているラキちゃんがよく見える。
ドッジボールで正義が勝たないデスゲームからの脱出など考えていなかったラキちゃん。
なぜ、ラキちゃんは、脱出を考えていなかったのか。
ハコさんとラキちゃんは、正義が勝たないデスゲームの潜入捜査を交代で行う予定だったのに、ハコさんが亡くなって、ラキちゃん一人で潜入捜査を遂行しなくてはいけなくなったから。
亡くなったハコさんの一部始終を見てきたラキちゃんは、潜入捜査を失敗に終わらせないことを優先した。
俺の推測が確かなら。
メグたんは、残酷だ。
メグたんは、最初から、全て分かって動いているのか。
俺は、ラキちゃんが、答えにたどり着けないことを願った。
俺は、ラキちゃんの絶望する顔を見にきたわけではない。
俺は、一生懸命で弱音を吐かずに強くあろうとするラキちゃんの姿に惹かれた。
ラキちゃんの顔を見て、話がしたかった。
ラキちゃんの声を直接、俺の耳に入れたかった。
俺と会話しているラキちゃんの声。
画面越しではない、ラキちゃんの声。
ラキちゃんの豊かな表情が、俺といてどんな風に動くのか、見てみたかった。
俺は、ラキちゃんの笑顔を見るために、何ができる?
「ラキちゃん、もうシンキングタイムは、おしまい。
一定時間、考えても分からないなら、答えを知る術を持っていないか、答えを導き出せるだけの頭脳に恵まれなかったかだから。
ラキちゃんは、正解を聞きたい?」
とメグたん。
「私には、答えを導き出せませんでした。正解を教えてください。」
とラキちゃん。
「人生で一度も、一人も、人を殺していないことよ、ラキちゃん。」
とメグたん。
メグたんの声音は、甘やかさに満ちていた。
「人を殺していないこと?
それは、正義が勝たないデスゲームが始まる前の話ですか?」
とラキちゃん。
混乱するラキちゃんは、ラキちゃんが希望を持てそうな答えをメグたんに期待した。
「正義が勝たないデスゲームに参加した時間は、人生から切り取れないわよ、ラキちゃん。」
とメグたん。
ラキちゃんの顔は一瞬で青くなった。
「私、私は。」
とラキちゃん。
「ラキちゃんは、初日から張り切って、オウカを殺していたわね?
ラキちゃんの人殺しのカウントは、既にゼロではないわね。」
とメグたん。
「知っていて、私に殺させたのですか?」
とラキちゃん。
青ざめながらも気丈にメグたんに確認するラキちゃん。
「言ったわよね?
一生懸命なラキちゃんは、とても可愛いって。
私には、ラキちゃんのことを可愛がってあげる用意があるわよ?
正義が勝たないデスゲームに可愛いラキちゃんがいたら、毎日がもっと楽しいわね。」
とメグたん。
メグたんの答えを聞いたラキちゃんは、木の後ろから飛び出して、メグたんに突撃する。
「メグが、私を、正義が勝たないデスゲームから脱出できなくした!」
とラキちゃん。
「一生懸命なラキちゃんは、とても可愛い。見ていて飽きないわ。」
とメグたん。
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