174.『友達同士で仕事を始めることをどう思う?』と佐竹ハヤトは俺に聞いた。『友達を失いたくないから、友達との間に金を絡ませない。』と俺。
出された足の期待に応えるとするか。
踏む?
蹴る?
避ける?
足ごときで、俺の進路を塞げると考えられると、これからの足場が悪くなる。
俺は、出てきた足を避けると見せかけて、浮かせた足で、足を出した女の膝をかかとで踏みつけた。
「いぎゃあ。」
と騒ぐ女は放置して先に進む。
「いきなり蹴るなんて。」
と立ち上がった女は、俺の蹴った方の足をひきずりつつ、俺を追ってくる。
女は、ぱっと見る限り軽傷だ。
体は。
女の顔から首にかけて、火にまかれている手を押し当てたような手形の火傷が残っている。
女の形に見覚えがある。
顔の表面は、以前の面影など分からないほど火傷しているが、全体のアウトラインには、見覚えがある。
正義が勝たないデスゲームの中か外か?
どこで?
「俺の知り合いか?」
考えても分からないので、聞く。
「分かる?」
と女。
「分からない。」
分からないが、声に聞き覚えがある。
聞き覚えがある女の声。
記憶を辿る。
大学までは、共学だから、男女同じ空間にいたが、聞き覚えがあると断言できるほど聞いた声などあったか?
大学では、モエカ。
家では、母親。
同級生、近所の人、学校の先生の中に、思い出せた人はいない。
声を聞いて思い出すほどの付き合いのある女?
いない。
男なら、いるか?
声を思い出そうとしてみる。
父親と弟と、佐竹ハヤト。
思い出せたのは、三人。
男女合わせて、合計五人。
多いのか、少ないのか。
佐竹ハヤトとは、大学を卒業してから、メッセージのやりとりのみだから、記憶にあるのは、大学時代の声。
家族とは、大学卒業してからも会話はした。
最後に会話したのは、いつだったかまでは、覚えていない。
会話したことを覚えようという気もなかった。
必要があったら、話そうくらいに考えていたから。
正義が勝たないデスゲームを脱出したら、家族に電話をかけて、声くらい、聞いてみるか。
俺は、自分自身の思いつきに驚く。
用がないのに、自分から家族に連絡することはなかった。
話すことがないから。
電話する思いつき自体は、悪くない。
こころなしか、楽しみにしている自分に気づいて、俺は、さらに驚く。
俺は、家族を恋しがっているのか?
正義が勝たないデスゲームに参加してからの俺の会話量は、去年、俺が他人とした会話量を超えている。
この何年か、他人と会話しないでも、十分、生きてこられたから、会話の必要性を感じていなかった。
俺は、他人と会話しないでも生きていけると思っていた。
俺自身、俺は、他人に興味がなく、他人といることにはさらに興味がない、と認識していた。
実際は、そうでもなかったようだ。
俺は、他人と会話することができる。
他人と会話することが、不快ではなかった。
俺が変わったのか。
周りが、変わっているのか。
まともに会話していたのは、大学生のときか。
俺は、俺の友達、佐竹ハヤトとの会話を思い出す。
大学の空き教室で涼んでいたときだった。
他に人はいなかった。
『ショウタ、友達同士で、仕事を始めるのは、どう思う?』
と聞いてきた佐竹ハヤトは、ノートパソコンを手にしていた。
『共同経営者か?俺は、やらない。
友情に金勘定を持ち込んだら、友達でなくなる。
俺は、友達を失いたくないから、金の絡むことは、友達に頼まれてもしない。
友情と仕事は、俺の中では両立しない。』
『そうか。分かった。』
と佐竹ハヤトは言って、ノートパソコンを鞄にしまい、その後、仕事の話は、一切してこなかった。
あのとき、佐竹ハヤトは、ノートパソコンを持ち歩いているのか、くらいの感想しかなかった。
思い返してみると。
佐竹ハヤトは、大学に在学中もタケハヤプロジェクトに関わっている。
主力メンバーとして。
佐竹ハヤトのノートパソコンには、タケハヤプロジェクトの情報が入っていたのではないか、と思えてならない。
俺が、友達と仕事はしないと答えたから、佐竹ハヤトは、俺に見せなかったのではないか。
佐竹ハヤトは、俺に、タケハヤプロジェクトにかんでほしかったのではないか?
友情が壊れることを理由に、俺が拒否したから、佐竹ハヤトは何も言わずに、ノートパソコンをしまったのか?
俺への友情を優先して。
俺は、その可能性に、今初めて気づいた。
佐竹ハヤトは、タケハヤプロジェクトの苦しい状況を脱却するために、俺に協力してほしい、と考えていたのではないのか?
生きている佐竹ハヤトを助けるチャンスはあったのに、俺自身が、棒に振ったのか?
俺が、何も気づかなかったから。
佐竹ハヤトの質問に、もっと深く踏み込んで聞けば、何かできることがあったのではないか?
佐竹ハヤトが、自死する前に、俺にできることが。
俺は、自分自身の迂闊さに愕然とした。
もっと早くに気づきたかった。
生きている友達の声を聞けていた時期に、気づいていれば。
今と同じにはなっていなかった。
俺がいて、佐竹ハヤトを自死させることはなかった。
佐竹ハヤトは、俺を引き入れた責任を感じて、何があっても、自死だけは選ばなかっただろうから。
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