166.サバイバルゲームの凶器。
開始しました、の機械音声が終わった途端。
「え?」
「わ?」
「あ?」
「うそ?」
「火?」
一画が、急に騒々しくなった。
一瞬、静かになった。
ものの一分と経たないうちに。
「ぎゃあああ。」
「熱い。」
「痛い。」
「死にたくない。」
「助けてくれ。」
喉が張り裂けそうな悲鳴が続く。
いったい何が起きているのか?
悲鳴があがった場所は、窪み。
俺が歩き回っていたときに見つけた窪みは、一つ。
開始前のカウントダウンが十をきった段階で、参加者のおおよそ半分が、窪みにすし詰めになっていた。
ギリギリで、五人ほど他から窪みへと移動したのは確認している。
窪みから出ていった参加者は、ゼロ。
参加者の過半数は、窪みに集まっていたことになる。
参加者は、皆、悲鳴をあげて、押し合いながら、我先にと窪みから出てくる。
窪みに集まっていた参加者は、全身を火にまかれている。
頭の先から、足の先まで。
火の粉が飛んだ、レベルではなかった。
火に包まれた両手で、叩いて、全身の火を消そうとしているが、誰一人として、成功していない。
ガソリンに火をつけたら、そうなるだろうか。
参加者の全身を包む火の勢いが弱まる様子は、ない。
ガソリンが撒かれた?
いつ?
いや。ガソリンが撒かれたら、匂いで気づく。
窪みを通り過ぎたとき、ガソリンの匂いはしなかった。
開始の機械音声が始まったときも、今も、ガソリンの匂いはしない。
参加者が、火だるまになった原因は、ガソリンではない。
何もない人体に火をつけて、火が消えないということがあるか?
参加者は、服だけではなく頭、顔、といった、服を着ていない部分も火にまかれている。
ガソリンではない、何か代わりになるものを、全身に浴びた、か?
窪みから出てきた参加者は、三々五々に散りながら、全身の火を消そうとして、次々に地面へ転がる。
地面が、本物の土なら、地面に転がることで、全身の火は消えたかもしれない。
サバイバルゲームの部屋の中は、全て人工物。
踏みしめている土も例外ではなかった。
参加者についた火は、参加者が地面を転がることで、鎮火するどころか。
激しく燃え盛った。
焚き火に燃料を投下したかのように、火は勢いを増した。
「なぜ?」
「熱い!」
「痛い!」
「焼け死ぬ!」
「どうして!」
火にまかれる人を見たのは、生まれて初めてだ。
「水だ!」
「水をくれ!」
「誰でもいい、水をかけてくれ!」
「水をちょうだい!」
「水!」
「水を早く!」
火にまかれている参加者は、水を求めた。
俺は、気づいてしまった。
俺の頭の中には、サバイバルゲームの部屋の地図が出来上がっている。
サバイバルゲームの部屋の中に、川や池はなかった。
サバイバルゲームの部屋は、全て人工物でできている。
俺が、いる草地の草も、人工の草だ。
俺のいる平地に限らず、サバイバルゲームの部屋の草も木も、人工物。
つまり。
サバイバルゲームの部屋の中には、水がない。
火にまかれた参加者にかける水は、一滴も存在しない。
火にまかれている参加者の火を消す方法は、自然鎮火しかない。
自然鎮火するころには、おそらく。
火にまかれている参加者の命も尽きているだろう。
ガソリンの匂いがしない、となると。
窪みにいた参加者は、引火するようなガスを浴びた上で、火をかけられた可能性が高い。
ガスは、目に見えない。
窪みに引火性のあるガスが溜まっていて、窪みに集まった参加者は、全身にガスを浴びた、か。
ガスを浴びた、となると。
ガスを吸ってもいる。
参加者は、鼻の中も、呼吸器も、火で焼かれている、か?
熱い、熱い、と叫んでいた参加者の何人かが、周りで様子をうかがっている無傷の参加者に向かって走り寄る。
「来るな!来るな!」
「お前も、苦しめ!」
「あっち行って!」
「嫌だ!来ないで!」
「熱い!」
「ぎゃあああ。焼ける!」
「火が!」
「顔が!」
「手が!いやあ!」
火にまかれている参加者は、無傷の参加者に突進したり、追いかけて抱きついたり、火にまかれている手で、無傷の参加者の体や頭を握りこみ始めた。
無傷の参加者は、腕を掴まれるだけなら、全身を火におおわれはしなかった。
火にまかれている参加者の火は、肌ではなく、無傷だった参加者の衣服に引火した。
無傷だった参加者は、衣服に火が移った瞬間は気づかない。
「さっさと離れろ!」
「何をしやがる!」
「何の恨みがあって!」
「地獄に落ちろ!」
火傷をさせられた参加者は、火にまかれている参加者を口々に罵っていた。
だが。
衣服に引火した火は、舐めるように上半身と下半身に広がる。
「顔が熱い!」
「髪が燃えている!」
服に髪がついていた参加者の髪に火が付いていく。
火にまかれている参加者から火を貰ったら、アウト。
火にまかれている参加者が助からないのは言うまでもなく、火傷させられた参加者も助からない。
サバイバルゲームに武器の説明がなかったのは。
火にまかれている参加者自身が、凶器だから、か?
一度、火がついたら、火を消す手段は、おそらく、ない。
人体の焼ける匂いが、鼻につく。
阿鼻叫喚の中。
ドサリ、と何かが落ちる音がした。
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