神隠し
その神社には沢山の金木犀が植わっていた。手入れをする人がいなくなって久しいその古びた神社には似つかわしくないほどたくさんのオレンジの小さな花が咲き、あまったるい香りをまき散らしていた。
秘密の場所と鈴花が教えてくれたのは小学生の時だ。
鈴花は近所でも評判の美少女で、肩でそろえた黒髪も、黒い瞳も、すらりと伸びた手足も作り物のように綺麗だった。
幼馴染だった俺は、親から「鈴花ちゃんを一人にしないようにね」と言われていたし、俺も彼女を守るナイトのような気持ちだった。
一人で登下校するには目立ちすぎる鈴花。だから俺はいつも一緒だった。
「いつ見つけたの?」
俺が知らないうちにどこかに行ったことが腹立たしくてそう聞くと、鈴花は少し不満げに
「慎吾だから、教えてあげたのに」
と言った。ずいぶん窮屈な生活を強いられていたんだなと今なら、そう思える。鈴花の両親も彼女の容姿に警戒心をもっていて、過保護に彼女を育てていた。
「夢でみたの」
「夢?」
「そう、家から歩いていくとね、ここに来たの。もっと神社も綺麗でね、巫女さんとか沢山の人が出迎えてくれたの」
「へー」
実際、神社は入り組んだ細い路地の奥にあって、ただ歩いているだけでは見つからない。
「でも、なんか薄気味悪い」
「そんなことない! もういいよ」
鈴花の手をとって急いで神社をでたが、鈴花は激しく怒りだした。初めは我慢していたが、つい言い返して喧嘩になった。
それからすぐだ。鈴花がいなくなったのは。
真っ青になった鈴花の両親は警察に電話をして、俺も色んな所を探したが見つからなかった。夕方になってからこの神社のことを思い出し、一人でやってきた。
金木犀が通路のように続く境内を歩いていく。ご神体が祀ってある手前の鳥居を抜けたとき、金木犀によく似た白い花の木が植わっているのに気がつくと同時に空気が変わった。
社が真新しいものに変わっていた。今建てたような社。その前に人とは思えないくらい綺麗な男の人が立っていた。鈴花を抱いて。
長髪の銀髪を後ろで結わえて白い着物をきた男は
「神の嫁になった、彼女は。もう会うことない」
とだけ言って、俺から背を向けた。むせ返るような金木犀の香りが鼻をつく。
気がつくと、またボロボロの神社にいた。気味が悪くなって、急いで神社をでる。その時、さっきまで満開だった白い花が枯れているのに気がついた。
それがさらに不気味さを漂わせていた。
結局、鈴花は見つからなかった。神隠しなんて冗談めかして大人たちは言っていたが、それが本当だと俺だけは知っていた。
そして、あの枯れた花は銀木犀。その花言葉は「幽世」。