帰路
帰り道の方向が途中まで同じだったので、一緒に帰ることにした。
自転車を押しながらゆっくりと歩く。
意外と話すのが好きなようで姫路さんは身の回りのことを話してくれた。
このあたりは年頃の女の子、やはりおしゃべりが好きなようだ。俺のような冴えない年下の後輩相手にも気さくにとりとめもない会話を提供してくれる。もっぱら俺は聞き役で、相槌をうったり「へえ」とか「そうなんですね」とか発展性のない反応が9割だ。それでも姫路さんは途切れることなく話題を生み出してくれた。話術も達者なのか。
やがてT字路が見えてくる。ここで2人は左右に分かれて帰ることになる。
ひょんなことから話すこととなったが、それもどうやら終盤のようだ。
疑いは晴れたとはいえ、もともと何の接点もなかった2人だ。方や高嶺の花、方や冴えない男子高校生。
話すのは楽しいが、姫路さん連絡先を聞く勇気なんて俺にはなかった。そもそもが自分からは程遠い世界に住んでるような華やかな存在だ。今日別れたら、この先そうそう再度会って話すことなんてないだろう。
後日道ですれ違っても、軽く挨拶してくれればいい方じゃないか。
あちらからすれば、俺なんか今まで会った多くの男子生徒の中のほんの1人に過ぎない。好きなゲームについて少し知ってるようだけど、でもそれぐらいだ。そんな奴いたなぁ、程度できっと記憶が薄れていっていくだろう。
でもそれが自然だ。
姫路さんにはきっと姫路さんにふさわしい、華やかな彼女なりの世界がある。
ゲームの神よ、淡く短い時間だったけど、楽しいひと時をありがとう。ささやかな知識が、普通なら接点なんてありえない人と一時とはいえ会話の機会を持たせてくれた。
T字路があと20メートルくらいに近づいてきた。
道よ伸びろ、なんて子供じみたことをふと思った時、彼女からさりげない一言が飛んできた。
「そうだ、ゴウキくん。連絡先教えて」
「…え?」意表を突いた言葉に一瞬固まった。ラウンド1早々、前ステで詰められたような気分だ。
「あ、嫌だった?図々しくてごめんね」
「いえ!… ゴウキって俺のことですか」
「そうよ、だって名前が【剛毅】でしょ。読み方ゴウキじゃないの」
冗談めかしてこちらを見て笑った。時刻はもう夜だが、道行く車のヘッドライトが彼女の横顔を照らして走り抜ける。
笑顔がこちらに向けられていた。綺麗すぎだろ。だがこうして見ると、美形だが同時に年頃の普通の女の子の雰囲気も宿していた。
「全然いいですけど… いいんですか?」
「いいよ、なんで?」
「全然ゴウキっぽくないですけど」
あはは、と今度は声を出して笑った。天使かよ。
笑いながら彼女は押していた自転車を止め、バッグからスマホを取り出そうとしている。
ゴウキというのはストリートファイターシリーズに出てくる強面のキャラクターで、シリーズによってはボスキャラ的存在の立ち位置の壮年男性だ。
リュウの師匠の弟であり、また兄であるその師を倒すというタガの外れた設定をされてるキャラで、初登場の作品の時にはそれまでのラスボスであった総統ベガを出現即1撃で倒すというインパクトのある超武闘派キャラだった。
ヒョロっ子の俺とは当然、似ても似つかわしくない。
だがそのギャップと即答が、姫路さんにはウケたようだ。
「ほい、QRコード」
姫路さんはLINEのQRコードを俺に示し、俺も交換に応じた。
ほどなく、俺のLINE友達に姫路さんの情報が加わった。
しかし諦めていた姫路さんの連絡先を向こうから聞いてくれるとは。
不思議な気持ちだった。一生縁がないと思っていた人の情報が、俺のスマホに登録されている。
それも、想像もしなかった格ゲーの知識が接点となって、だ。世の中、何が起きるか分からないもんなんだなぁ。。
「よし。これでトレーニングに付き合って欲しいとき、いつでも連絡できるね」
「トレーニング?」
「あっと、先走っちゃったね。スト6のトレーニングパートナーになって欲しいんだけど、お願いできないかな」
【何が起きるか分からない現象】は、まだ続いているようだった。