第八話 ベルツの本気
メルネス領軍は、五十人のベルツに対して五百の騎士を投入した。数の優位も武器の一つだけど、十倍、マジで大人げない。本当に大人げがない。そして大将はヘンリックかと思いきや、ロベルトを据えた。それは、ヘンリックが前線に出るということで。
「全力で叩き潰す」
いや、叩き潰される大将、私ですけど? ねえ、ヘンリックさんや、メルネス領軍の標的はあなたの妻ですよ? 眼ぇ光らせて追いかけ回す大将は、妻ですぞ?
ヘンリックは私の額に口付けをひとつ落として、前頭部に皿を置き、布で巻いてくれた。
見学していた時も思ったけど、胸当ての皿はまだしも、頭の皿、めちゃくちゃ間抜けじゃね?
銅鑼が鳴った。
本気の、ぶつかり合いとなるだろう。
私の役目はお兄様の性格の悪い作戦に必要な情報を提供し、ルーの統率の手助けをすること。
手助け。
すなわち情報と金である。
殿に任せて、本隊……しかいない私たちは一旦姿を眩ませる。
筋肉だるまたちには与えられた役割を全うすることでボーナスを支給することにした。更に騎士の皿を一枚割るごとに追加ボーナスだ。逆に皿を割られても罰金は取らない。重ねて、勝利した陣営の皆には領主夫人として褒美を与えることにした。
筋肉だるまたちに『全力を出さなければ損だ』と思わせなければならない。
「そんなことしなくても、ベルツがヴゥの皿を割らせると思う?」
「でも、あの眼で追いかけてくると思うと……」
今回はロベルトだけじゃなく、エルディスとカーリンも参戦している。この二人も本気で来るだろう。ということは、私たち家族の護衛をしているベテラン騎士も来る。あの人は騎士なのになんか傭兵寄りなんだよな。
ねえ、私本当に逃げられる?
「さて、あとはどれだけお前がこの地を熟知しているかによるかな。頼りにしているよ、妹よ」
飄々としたお兄様に毒気が抜かれてしまった。
まあ、なるようにしかならないか。
諦めの溜め息を吐いて、ただいま皆でせっせと罠を作成中なのである。
騎士たちは単独行動をほとんどしない。小隊を十三隊組み合わせた大隊で動くのが基本の動きだ。九隊が戦闘隊、三隊が補給と衛生、そして指令隊である。この動きを封じるには、戦闘隊の騎士を潰していくよりも指令隊を潰すのがてっとり早い。指令系統を失うと、大所帯の分、騎士たちが立て直しているその隙を突ける。だが、指令隊もバカじゃないから簡単に近付けないし、そもそも戦闘隊に紛れている指令隊を見分けるのが難しい。
「というわけで、まずは補給から無力化しよう。陣を張りそうな場所に罠を仕込んで叩く。徐々に叩いていってそのうち指令隊を叩ければいい」
十三隊が三個、大将を守る隊が十隊、ヘンリック率いる遊撃隊が一隊、計五百人の騎士たち相手にベルツはロベルトの皿を叩き割らなきゃならない。
圧倒的な戦力差なのに、お兄様もルーも笑っていた。
「野郎ども、心してかかれよ!!」
ルーが発破をかけると、兄さんたちが雄叫びを上げた。
ベルツが勝てばダーヴィットを引っ張り出すという当初の目的を達成して金もプラスとくれば、単純なあいつらはあっさりとやる気を出した。
ただ、ベルツからの申し出で戦力の均衡を崩したこと、ヘンリックの参戦を許したことが解せない。五十対五十の方が戦況としては単純で有利だし、ベルツにあの人外(あ、夫だ)を押さえることが出来るとは思えない。
だが、勝つつもりの試合を最初から不利にするなどお兄様がするわけがない。条件がトントンと見せかけて、ベルツが有利になるように持って行くはずだが、今回に限ってはどう考えてもベルツが不利だ。
お兄様は貧乏育ちが身に染みているから損をすることを何よりも嫌うのに、一体何を企んでいるのやら。
「ふふ、分からない~って顔してるな。まあ、見てな」
そう笑ったお兄様の笑顔が嘘くさいこと。でも、目が本気だ。
この人は昔からそう。人の良さそうな笑顔で人をやり込め、ちょっとそれが悦っぽい意地の悪い人だ。
筋肉だるまとルーの間くらいのひょろくもないネコ科みたいな形で人の懐に潜り込むのが上手な人。自分の『勝ち』のためなら、自分の拘りや矜持など簡単に捨ててしまうだろう。
敵に回しては厄介な人種だ。
隣のルーも笑顔で頷いた。その手には杖が握られていた。
驚いた。
滅多なことでは手にしない、魔法を使う時の杖だ。私も数回しか見たことがない。
ああ、これは。
お兄様とルーが本気を出した。
……騎士たちの心が折れなきゃ良いけれど。いや、一回粉砕されるとくっつく時により強くなるんだっけか? それは骨か。なんか違うか。
我が故郷の男どもは団体になった時ほど力を発揮する。一対一では騎士に到底敵わない。でも、それこそ、殺人蟻が人を食らうかのように、皆で、大物に食らいつくのだ。
美学も何もない、ただ、生きて帰るための強さ。その状況をルーとお兄様は整えられるから勝機があるのだろう。そしてヘンリックが参戦したとしても勝てたとしたら、それは完全なる勝利。メルネスの鼻っ柱を粉砕することをお兄様たちは目指したのだ。
「わあああああぁぁぁ!!」
「ぐおうぅぅぅ~っ!!」
かくして、森の中に騎士たちの叫び声とうめき声がこだましていた。
すまぬ。
騎士たちがどんなところに陣を張りそうなのかをチクったのはこの私です。
私が指示した場所に筋肉だるまたちは落とし穴を掘って掘って掘りまくった。なんせ皆元鉱夫なんで仕事が早い早い。
そしてここからが反則技だ。穴の蓋には枯れ木と草を被せるのだが、どう見ても落とし穴ですよ~とバレバレである。そこにルーが杖を振るとあら不思議……周囲との違和感が無くなった。どんなに巧妙に擬態しても罠というのは違和感が残るものだ。ましてや戦場に身を置く者の感覚は欺けない。それをガチな魔法で隠してしまったのだ。
いや、本当の反則技だろうけど、交流会のルールに『魔法を使ってはならない』ってないからセーフ……とベルツ側は笑うんだろうな。
落とし穴に気が付かない騎士たちは、面白いくらい次々とはまっていった。また穴の深さが絶妙なんだ。胸から上が地上に出るくらいの深さで、すぐに穴から上がれないが隠れも出来ない。無情にも筋肉だるまたちは上から一方的に騎士たちの頭と胸の皿をぱっこんぱっこん割っていった。
皿を割られないように蹲る騎士にはヌルネ芋をすり下ろしたネバネバ液をぶっかけた。ヌルネ芋? 焼くと美味しいけれど、素手で触るとめちゃくちゃかゆくなるヤツ。それを頭からかけちゃうなんて悪魔かよ。騎士たちの雄叫びはそれをやられた可哀想なヤツ。
もちろん騎士たち全員が穴に落ちるわけではないが、立て直す時間を与えず、穴に落ちた騎士の皿を割ったらベルツはずらかるのだ。それを繰り返し、地味に戦力を削っていった。
ルーの魔法でロベルトの皿割っちゃえば終わりなのに……。それじゃあルーの勝利でベルツの勝利ではないか。ルーも目くらまし以上の魔法は使うつもりはないようだし。
ちなみに、ヘンリックとはかち合ったら最後だから徹底的に避けている。避けながらじりじりと騎士の皿を割って回り、今ではメルネス約三百、ベルツ四十五だ。ベルツの皿を割られた五人は、ヘンリックの動向を探る斥候で、近寄った彼らはヘンリックの位置情報と引き換えに皿を割られている。近寄るだけで帰らぬ人となる……魔王にはけして近寄ってはいけない。くわばらくわばら。