第七話 最後の交流会
「ホーローってなあに?」
音を伸ばすととても間抜けね。エーミルが可愛いからいいけど。
「まさか、『放浪の賢者』? おとぎ話じゃないんですか?」
ロベルトはさすがに知っているようね。
「そうね、賢者なんて呼ばれてもいたわね。おとぎ話にもなっているけど、本人、あそこにいるからね」
交流会を見ると、丁度ルーがくるくる回り終わり、走り出すところだった。あ、盛大にこけた。
それを見ていたエルディスが「……賢者?」と呟いた。
うん、そうだよ?
「私、絵本を持ってる!」
アーネが興奮して言った。そうね、私が選んだもの。読んでくれて嬉しいわ。
「ベルツは放浪の賢者と縁があるのか?」
ヘンリックが「女性……女性……?」と呟いた後、聞いてきた。
そんなに飲み込めない事柄だった? まあ、ルーはそこら辺の男よりも格好いいからね!
「縁というか、ベルツはルーが昔、友達と冒険してる時に作った村が始まりなの。村が大きくなって国になって都は今の王都の場所に移したらしいけど。今までもたまにフラッと寄っては色々助けてくれて、今は鉱山が閉山して領内が大変だからってしばらくいてくれてる。途中でいなくなったりもしたけど、ルーは時間の感覚がほとんどないから、『ちょっと』でもう三十年位かな。私はルーに育ててもらったようなものなのよ」
「それって国の始祖のお話じゃ……」
カーリンが呟いた。
「そういえば、友達の子孫が王様になったって言ってたわね」
「すごいねぇ!!」
エーミルが無邪気に手を打った。話の内容は分かっていないだろうに空気を読む子だ。
「そう、すごいのよ? ベルツは『ルー』を忘れないように、ルーのお話を聞いて育つの。皆ルーが好きなんだけど、私は小さな頃から結婚するまでルーにべったりだったから特にね。ルーも私を大切にしてくれてるわ」
「だからシーヴの予想通りダーヴィットを出せと言ったのか? それはお仕置きのためか?」
ヘンリックが言うと、エーミルが不満げな顔をして言った。
「ダーヴィおじさま、いつかえってくるのぉ?」
子どもたちは皆ダーヴィットが大好きだ。
私が彼に長期出張を命じたせいでしばらく会えないと分かった時のブーイングたるや。我母ぞ?
騎士と筋肉だるまたちは、次はこれだあれだと交流会を続けて終わりが見えず、ベルツが予定よりも早く到着したというのに、交流会は既に三日もオーバーしていた。
「そろそろ帰って来ると思うわよ。ベルツの皆は私を大事にしてくれているから、ダーヴィットにどうしても物言いたいのよね。私は今、こんなに幸せに暮らしているのにね」
その物言いが物理だろうからダーヴィットを隠したんだが。
あいつらこの変な交流会で気が紛れてもう忘れて帰ってくれないかなぁ。
そんなことないのも、知っているんだけどさ。
ワァッ!!
急な喧噪は交流会場の方だ。
あ~……こりゃ、暴れ出したな?
「だ・か・ら!! お嬢はお嬢なんだからうちのお嬢なんだよ!!」
筋肉だるまの一人が騎士に詰め寄って叫ぶと、ベルツ勢から「そーだそーだ!!」と声が上がった。
「奥様はメルネス辺境伯の奥様だ!! 我々の奥様だ!!」
負けじと騎士がドスの利いた声で威嚇した。騎士たちも「そーだそーだ!!」と囃し立てた。
さっきまで仲良くぐるぐる回っていたのに一触即発……でも、内容くだらな。
「シーヴは我が妻だ」
え、乗っちゃうの? あなた、ここの最高責任者よ?
「お母様は私たちのお母様よ!!」
え、こっちも!?
アーネとエーミルもヘンリックの腕から降りて私の前に立ち、「むんふーっ」と仁王立ちした。
守ってる? 私を守ってるの? 小動物が立ってユラユラ威嚇するように?
か、わ、い、い!!!!
後で絶対ぎゅうぎゅうチュッチュする!!
さておき、ちょっと落ち着こう。
交流会を通して、ベルツもメルネスも鬱憤を溜めていたことには気付いていた。
ベルツからしてみればダーヴィットを出さない。当の本人が出さない。それに騎士たちは職業戦士だ。筋肉だるまはあくまで鉱山作業の筋肉。騎士とは身体の作りも違うし経験値も敵わない。頭では分かっていてもそれが面白くないのだろう。
一方のメルネスは、常勝騎士団としての誇りが傷付けられ、勝ちはするもののおちょくられた感が積もり積もっている。騎士として相手にするには一番相性が悪い相手がベルツだ。
双方じりじりと不満を溜めていっての爆発。
え、きっかけ私じゃね? そんなモテ方いいってば!
「メルネス卿、交流会は明日で最後にしましょう」
ルーがどや顔で言った。さっき転んで身体の右側にべったり土がついているけど、大丈夫?
「いいだろう。ルールに希望はあるか?」
ルールーは……間違えた。ルーは許可を取るようにお兄様を見ると、お兄様が頷いた。横のお父様の存在、薄。
「最後の交流試合は総当たり戦を提案します。メルネス側の参加人数の制限はしません。こちらは五十ですが、そちらは全軍投入しても構わない。もちろん、メルネス卿も参戦していただいても結構」
騎士たちが色めき立った。全軍投入、しかもヘンリックが参戦すれば、あまりに戦力の規模が違いすぎる。馬鹿にされたか煽られたかと思っても仕方がない。
……でも、こいつらは違う。そんなことしない。なんだ? 何を得ようとしている?
「ただし、シーヴ奥様をこちらの陣営大将に。時間は無制限。勝利条件は大将の皿二枚。どうですか?」
ルーに奥様って言われるとなんかむずがゆいな。
私を大将か。なるほど……って、ヘンリックたちが私を狙ってくるってことじゃん!?
怖いわ!!
「なぜシーヴが参戦せねばならん」
ヘンリックの眼が光った。
いや、あの眼で追いかけてくるんでしょ? むりむりむりむり。
「ヴゥはベルツを知り尽くしている。そしてメルネスも。これは我々へのハンデだ。その知識を生かして我々はそちらの大将を狩ることを勝利とする」
ベルツはルール通り大将の皿を割ることを勝利とすると、ルーが宣言した。
その宣言はベルツが独自の勝利を決めて、勝手に『負け』ないことを意味する。
騎士たちの目の色が変わった。ヘンリックもそれを感じたのか、一瞬口を結んで続けた。
「いいだろう。交流会の後は、メルネスの皆でベルツの健闘を讃えることにしよう」
ヘンリックが乗った。
そして、メルネスの皆って……まもなく帰ってくるダーヴィットを差し出した!
ちょっと!! 私の苦労は!?
「シーヴ」
光ってる……眼が光ってるよ……。
「大丈夫だ。いい加減ケリをつけてしまおう。すぐに攫って皿を割ってやる。危ないことはない。ダーヴィットもケジメをつけた方がすっきりするだろう」
いや、他でもないあなたが追いかけてくるんですよね!?
そして筋肉だるまたちにボコられるのはあなたでなくダーヴィットですよね!?
「ぼくもははうぇわる!!」
エーミルがくるくる踊りながらはしゃぎだした。
エーミル、かわゆいけれど、割るのは皿だよ……。母を「ぱっかーん」しないでおくれ。
何でこうなった、と言っても決まったものは仕方ない。
でも、もう一回言わせて。
何でこうなった?