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第六話 遥か昔語り


ルーヴ視点です。


 

 結構前の話になる。


 生まれた村で幼馴染みの勇者と聖女と剣聖と魔法使いの自分でずっとつるんでいた。今よりもずっと世界は濃厚な魔素で満ちていて、すぐ隣に神の息吹が感じられた時代のことだ。


 勇者が『男女』と呼ぶくらい、自分は背も肩幅も筋力も男性寄りで、声も低め。まあ、一般的な女性からは少し……大分遠いところにいるのは自覚していた。

 周囲からは疑問を抱かれることもなく男性だと思われていたから、いつの頃からか訂正しなくなったし、気付かれることもなかった。

 勇者? そう呼ぶ度にフルボッコの後で魔法で芋虫に変えてやったけど? 聖女が慌てて解呪してたっけ。


 勇者も聖女も剣聖も神の力を代行出来る者の称号だった。何の神の力を代行するかで呼び方が違うだけで、石を投げれば当たるほど、その辺に存在していた。

 それに比べて、魔法使いは稀少。神の代わりではなく、自分の意志で魔素を変形させて事象にすることが出来る者だったからだ。何故そんなことが出来るかは分からないが、人間が手を動かすのに『何故』と考えないのと一緒だ。出来るものは出来るのだから。


 神の力を代行する称号を持つ者は、その身体で生きているうちに神から何かしらの役目を与えられる。それは代償で義務だ。

 不思議なことに、与えられた役目は三人とも同じで、とある地方に発現した世界の歪みをその力で(なら)すことだった。

 生まれた村からは遥か遠い地で、いつ役目を果たせるのか皆目(かいもく)見当もつかなかった。

 魔法使いの自分には神から役目は与えられないが、一人で村に残されるのはつまらなかったので、三人について行った。


 これがはじまり。


 何年かかっただろうか。途中で勇者と聖女が結婚して、子どもが増えた。すごい増えた。

 剣聖は独り身だったが、親を亡くした子どもを見つけては連れて歩くようになり、こちらも子どもが増えた。すごい増えた。

 子どもたちが大きくなり、それぞれ夫や妻を連れてきて、更に子どもたちがまたすごい増えた。大所帯過ぎて、役目の前にとりあえず落ち着けそうな土地に居を構えることにした。


 固く痩せた土地を皆で(ほぐ)し、糊口(ここう)(しの)ぎながら、少しずつ農地を広げ、耕しながら、少しずつ大地に魔法を馴染ませていった。魔法で一気に豊饒の地に出来なくもないが、魔法使いの自分がいなければ続かない豊穣など、住む人々にとってはやがて破滅する毒でしかない。


 毎日皆で働いて、毎日皆で罵り合っては笑い合って。クタクタで穏やかな日々だった。


 そしてようやくと言えばようやく、人生の終わりが見えた三人は、神から与えられた役目を果たすために旅立つことにした。

 その頃には移住してくる人も増えて村は町くらいになり、三人の孫やひ孫……もう関係性が分からない親類が増えに増え、その子たちの中にもそれぞれの役目を果たすため旅立つ者もいた。


 皆、家族が待つこの地に帰ることを約束して。


 そうして三人も役目を果たそうとしたが、大分後回しにし過ぎたのか、世界の歪みは均すどころか亀裂になってしまっていた。

 勇者も聖女も剣聖も、いかんせんヨボヨボでどうにも出来ず、魔法では亀裂にどうにも干渉出来なかった。

 ここまでの亀裂を塞ぐのは、もう神の領域だろう。

 仕方がないから、亀裂周辺の時を魔法で止めた。こうすればこの亀裂は時が流れず、これ以上広がることはない。


 その時、頭の中に声が複数響いた。


 役目をここまで放置した三人をその亀裂に放り込めば、魂と身体が世界に溶けて混ざり、癒着して亀裂は塞がる。


 そうしないのであれば、時止めの魔法を使ったお前を時間の流れから外す。他人に与えられた役目に横から手を出したお前への戒めだ。


 亀裂が自然に塞がるまで、この地の時を止めながらひとり悠久を生きるか?


 神々の声だった。


 元々魔法使いは魔素を扱うからか長命だ。だが、不老不死ではない。かけた魔法は魔法使いが死ねば解けてしまう。死んで魔法が解ければ、この地の時も流れ出す。

 三人を亀裂に放り込まなければ、自分が役目を負えと神たちは言ったのだ。いつ塞がるか分からない世界の歪みの亀裂がなくなるまで、生きろと。


 亀裂を塞ぐのに三人を使わなければ、自分ひとりで負えと。


 ……いいだろう。

 負ってやろう。


 なぜ、神が力を与える代償に役目を与えるのかは、人間の身では分からない。だが、負えというのなら負ってやろう。


 神のためではない。


 圧倒的な力を持つ魔法使いは周囲に馴染めず、孤独に苛まれて心を壊す者が多い。そんな自分を孤独にしなかった三人と、数え切れない三人の家族のために、負ってやろうじゃないか。


 それで満足だろう? 神々よ。


 歩けないほど衰弱した三人を魔法で連れて帰った。

 ほどなくして、大勢の大切な人に囲まれて、三人は相次いで土に還り空に昇った。


 その町はやがて国になり、土地を広げて人口を増やしていった。


 この世界にどれほどの時が自分を省いて流れただろうか。


 あれほど満ち溢れていた魔素が薄くなった世界で、神の息吹はもう感じられない。

 勇者も聖女も剣聖も今は生まれず、魔法使いとして生まれた者は幾人か見かけたが、世界の魔素が薄すぎて、自分がそうとは自覚出来ずに魔法を使うことのない人生を送っていた。

 この今の世では、神とか魔法とかは実感の乏しい夢物語だ。

 それなのに、世界の亀裂は少しも小さくならず、世界中の魔素を集めて自分は時止めの魔法を維持し続けている。


 気が向いたらその時代の王に会い、話し相手をしては小遣いをもらい、当ても目的もなく世界中を放浪した。そうしたらいつの間にか賢者と呼ばれるようになっていた。







 ある時、ふと呼ばれるように立ち寄った村は、土地が痩せてとても貧しい村だった。男たちは出稼ぎに出ており、村には女子(おんなこ)どもと働けない男だけ。それでも助け合って(たくま)しく生きていた。


 村でひとりの女と出会った。

 姿形に似たところなど一つもないのに、その女は聖女の生まれ変わりだと確信した。

 女は聖女だった前世の記憶などなく、生まれ変わった今の人生を生きていた。


 懐かしかった。涙が出るほど懐かしかった。

 そして、忘れられたことが悲しくて、自分は三人の役目を負って今も生きているというのに、初めて孤独感と三人への恨みが湧き上がり、瞬間的に怒りに変換された。


 全部、壊してやろうか。


 そんな衝動が背骨を駆け上がったが、その女は知らん顔で続けた。

 魔法に馴染みがない今、少しばかり『(まじな)い』として淀んでいた水を浄化して土地に巡らせた結果、実るようになった作物を前にして、私に(こうべ)を垂れて言ったんだ。


 賢者様のお名前をこの村で伝えましょう。

 あなた様が、私たちのためにして()()()いることを忘れないように。

 あなた様を忘れないように。


 忘れている張本人が、そう言ったんだ。

 忘れているのに、言ったんだ。


 膨れ上がった怒りは急速に(しぼ)み、その眼差しにいたたまれなくなって、話を逸らすように「男衆はいつ帰るのか?」と女に尋ねた。


 女は目を伏せ、「もう、三年、うちの人は帰ってない」と呟いた。

 男たちは傭兵として安い金で命を使い潰し、剣帯だけが帰ってくることが多いという。それが返ってくるだけでもいいと、そう言って女は笑った。

 剣帯が帰ってこないからまだ生きてる。

 剣帯すらこの先も帰ってこないのかもしれない。

 貧しい暮らしの中で、気持ちが振り子のように揺れながらも、この村の女たちは、父を夫を息子を待ち続け、無事を諦めながらもずっと祈って生きているのだ。


 この女が待っている村の男は、おそらく勇者の生まれ変わりだろう。なんとなくそんな気がする。

 あのどうしようもない男が無事に帰ってこられるよう、女に(まじな)いを(いにしえ)の言葉で授けた。

 ずっとずっと昔、聖女がよく勇者を叱り飛ばしていた言葉だ。


『ふらふらしていないでとっとと私の所に帰って来なさい!! さもないとちょん切るわよ!!』


 勇者は気の多い男だった。

 聖女はいつも怒っていた。怒りながらずっと勇者ひとりを見つめていた。


 その言葉の(つづ)りを土に木の棒で書くと、女は器用に剣帯に刺繍して男に送り、ほどなくして男が帰ってきた。右腕は動かず、顔の右側が焼けただれていたが、生きて帰ってきた。


 それから、この村の剣帯にはその言葉が刺繍されるようになっていった。

 正直、え……と思ったが、もう誰も(いにしえ)の言葉を読めないだろうから、まあいいかと放っておいた。言葉自体に魔法を込めたものだから、正しく綴る限りずっと効力はあるだろう。


 帰ってきた男も勇者だった時の記憶はなかったが、自分を見て「男女」と言って、女に叩き飛ばされていた。

 生まれ変わってもそこは変わらないんだな。

 そう思ったらおかしくて笑ってしまった。


 何百年ぶりかに、大笑いした。


 この感じじゃ、剣聖もどこかで生まれ変わって生きているんだろう。

 フラフラと探してみるのもいいか。


 地形が変わり、大分ひなびていたからすぐには分からなかったが、この村は、遥か昔に四人で拠点にした地だった。町は大きくなり、国になり、都を移したことで(すた)れていったようだ。


 村には決まった名前がないという。そういえば昔も特に呼び名はなかった。

 端っこの村やあっちの奥の村とか呼ばれているらしく、男が名前をつけてくれと自分に強請(ねだ)った。

 その瞳の色に遥か遠く懐かしい故郷(ふるさと)の森を思い出し、もう他に誰も覚えていないその名を贈った。


 ベルツ、と。


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