第五話 ルーという人
「母上、あの、ルーという奴は、母上を辺境伯夫人としてきちんと敬うべきだと思うのですが」
本日の交流会である『木剣を地面に立てて柄頭を額にあて、木剣を中心に目を瞑って三十回回った後ゴールまで一番早く走れた者が勝ち』を眺めながら、ロベルトが聞いてきた。
おい、騎士のプライドどこ行った? 試合のルール考えたの誰だよ……お父様っぽいな、おい。
「ルーだよ?」
「いえ、伯父上たちも何故その一言で済ませているのか、心底謎なのですが」
そう言われてもルーだしなぁ。
「主家の令嬢だった母上に対する態度でも、辺境伯夫人に対する態度でもありえません。いくら有用な人材であっても指令系統の身分差はしっかりと回りに示さねばなりません。秩序が乱れます」
ロベルトの言うことは正しいんだけどさ。もしもメルネスでロベルトが蔑ろにされたら私も怒るけど。うちは身分の垣根がほとんどない領だしなぁ。私を敬えってルーに言っても「ヴゥだよ?」って言われてお終いな気がする。そしてそれで私もお父様たちも納得するわ。
子どもたちの眼がつり上がった。
やべ、また口に出してた?
「お母様が言い辛いようでしたら私が言って参ります」
そう言ったのはカーリン。いや、本当に凜として格好良いのに可愛いうちの娘が最高なんだが。
「いやいや、こればっかりはどう言えば良いかな。ベルツでは当たり前なんだけど、それをあなたたちと共有するのは難しいわよね。うーんとね、ルーはね、とても特別なの」
そう私が言うと、子どもたちは青くなったり赤くなったり忙しい顔色をして、エルディスが拗ねたように「僕たちよりもですか」と呟いた。
か、かわゆ!!
十一歳の思春期真っ盛りの男子が上目遣いで言うことかよ!?
久々のツンとデレの黄金律キターッ!!
旋毛にちゅっちゅちゅっちゅしたらエルディスに涙目で「外でやめてください」と言われた。
トドメかよ。外じゃなかったらいいのかよ! 家で覚えテロよ!!
あーあ妬いちゃって、なんて可愛い子どもたち。
「んふふ、ごめんごめん。ルーはそういうのじゃないのよ。私にとっては師であり、親でもあり姉でもあり友でもあり、何よりベルツの恩人なのよね」
姉。
そう、ルーはゴリゴリ鉱夫っぽい見た目ではなく、ひょろひょろの部類に入る。背も鉱夫たちより頭一つ小さい。ちなみに私は頭三つ小さい。それもそのはず、ルーは歴とした女性で、筋肉だるまに囲まれ育った私のオアシスなのである。いくらなんでも私だって異性に抱き付かないわよぅ。ベルツの中での私の癒やしよ。
話が飲み込めていない三人がポカンと呆けている。その顔がそっくりで尊い。絵師、絵師をここに! これを永遠に残してちょうだい!!
「女性……?」
背後から唖然とした声がかかった。
振り返るとヘンリックがエーミルとアーネを両手で抱いて四つ目の同じ顔をしていた。最近本当にロベルトに似てきたんだよな。……違った、ロベルトが似てきたんだ。
「ルーはとても強いの。そして人をまとめるのがとても上手。筋肉だるまたちはルーの手のひらにいることも気が付かずに気持ちよく動けるのよ。だから傭兵団を取りまとめてもらっているの。でも、今はベルツにいてくれているけど、元々放浪していた人だから、いつまた出かけちゃうか分からない。だから会える時くらいは勘弁してね」
「ベルツの人ではないのですか?」
「うん。今はベルツにいて、助けてくれているだけ。どこに行くか、どこにいるかは、ルーの自由よ」
納得いかないエルディスの額にちゅっとして、皆の顔を見て言う。
ガチガチに隠しているワケでもなさそうだし、私の家族だから話してもいいよね、ルー。
ロベルトたちの剣帯に目をやり、大事に使ってくれていることに喜びを感じる。
「ベルツに、特にうちの家に伝わるその剣帯の呪いは、ルーが授けてくれたものなの」
「え、でも、これって先祖代々ってヤツじゃ……」
カーリンが静かに呟いた。子ども特有の勘で、畏れを感じたみたい。感受性豊かなホントに可愛い子。
「言うと眉唾ものだと侮られるし、本当っぽいとなったら手のひら返されて利用されちゃうから言い触らすことではないんだけれど、ベルツの者は皆、ルーを知っているし忘れない。ルーはずっと『ルー』なの。ずっとずっと昔から、この世界のために『ルー』のまま放浪しているの」