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第四話 続くよ交流会


 そう。旗は五本全部メルネスが取ったが、五十人中十人以上が皿を二つ割られて退場し、残りの騎士たちも二枚無事な者は片手で数えるほどだった。一方、ベルツは五十人で一枚も皿を割られていない。でも旗は取られて交流会には負けたのだ。

 完全に手を抜いた忖度試合だ。そしてベルツはそれを悟られないように、攻撃と守りと撤退の仕方を絶妙に采配していた。本気出したけど残念だったと(うそぶ)くために。メルネス側はまんまと力でねじ伏せたとでも思っているのだろう。


 それならば何人かわざとでも退場させておいた方が嘘くささがないが、ベルツの厄介な性分がそこに出てくる。


 あいつらは非常に偏った負けず嫌いなのである。今回のように真正面から当たったら勝てないような勝負の時には、『自分たちだけの勝ち』を決め、それが達成できればいいのである。


 今回、彼らは旗なんかどうでもよかったのだろう。ベルツ五十人の皿を一枚も割らせないこと。それが彼らにとっての勝利。世間的には負けても、それが果たされれば自分たち的には勝ちなのである。


 とんだ自己満足野郎どもである。

 しかし、だからこその組織としての柔軟性ともいえた。試合に負けて勝負に勝つ。それで良いとできる組織であることは、『生きて帰る』上でとても重要な要素だ。


 どうやって『負け』て『勝つ』か。あいつらはきっと悪い顔をしながら作戦に作戦を重ねたに違いない。旗を守っているようで、旗よりも自分の皿を守りながら騎士をひとりひとり退場させていく作戦はお兄様ね。意地の悪さが滲み出てるわ。


 気付かれなければ相手は気持ちよく終わるけれど、気が付かれたら。


「……もう一回だ」


 どこからともなく声が上がった。


「そうだ」


「このままじゃ終われない……!!」


「旗じゃなく皿割り合戦にしよう」


 わあわあと騎士たちが声を上げた。


「デスヨネー……」


 誇り高い騎士たちが、相手が欲していない勝ちを『譲ってもらった』ままにするはずがない。

 きっと、お兄様とルーはこれすらも想定内なのだろう。


 ヘンリックが無言でスッと立ち上がると、騎士たちは口を(つぐ)み、指令を聞き逃すまいと耳を澄ませた。


「要求は何だ?」


 再試合をするためには条件があるはずだと。

 ヘンリックのその端的な一言に、ルーとお兄様も笑顔で立ち上がり、ルーが爽やかに言った。


クソガキ(ダーヴィット)を出せ」と。







 ダーヴィット。

 昔、私がちょっといいな~って思っていた人。

 今やメルネス領に無くてはならないヘンリックの片腕であり文官。

 そのダーヴィットを出せと、筋肉だるまたちは言った。


 過去にダーヴィットがベルツ領を訪れたことはない。ベルツを含む地域の社交場はダーヴィットの生家アルテーン領にあるため、私がダーヴィットに会う時はいつもアルテーン領だった。ちなみにメルネスはこの三つ隣の社交場に属している。

 王都以外で属する社交場を超えて社交することはあまりないから、私の付き添いをしたことがある者以外、ベルツの面々はダーヴィットに会ったことすらないのだ。

 もちろん、我が家は私がダーヴィット・アルテーンと交流しているのは承知していた。だが、きちんと私からダーヴィットを紹介したことはない。そこまで関係を進められずに終わったからだ。同じ社交場での男性同士の付き合いとして、お父様とお兄様はダーヴィットと面識はあるだろうが、小っ恥ずかしいけれど、私の『お友達』として紹介したことはないのである。この紹介がない以上、ただの顔見知り止まりだ。

 家族ですらそんな状況で、貴族ではないルーや筋肉だるまたちがダーヴィットと面識があるはずもない。


 面識がなくても、ベルツのダーヴィットに対する感情は氷点下だ。

 私の声が出なくなった原因の一端がダーヴィットであると思っているベルツが、ダーヴィットに良い感情を持つはずもない。

 それは分かるんだけど、声が出なくなった原因は自分自身の不甲斐なさからだし、もう今はどうでもいいし。本人である私がいくら言っても、もう何年も経ってるのにも関わらずこいつらは拘ってる。


 こいつらのもう一つの目的……特にルーだな。ダーヴィットを引っ張り出して、合法でボコるつもりである。


 そんなのとっくにお見通しだ。

 今やメルネスにとってなくてはならないダーヴィットを失うわけにゃいかんので、安全策をとって、交流会中はダーヴィットにお使いごとを言いつけて領地から出てもらっている。


 それを出せ、と。


「すぐには無理だな」


「ヴゥにあれだけのことをした男を大事に隠したか」


「……貴殿が妻とどういう関係かは気に入らんが問わん。義父上と義兄上の前だ。だが、妻のことは夫人と呼べ。妻とダーヴィットは既に主従だ。その妻の言いつけた仕事で不在だ」


 ヘンリックが長文(?)を喋った! ちょっと感動した。油断すると単語しか喋らんからな。


「ならば、もう一回はなしだ。メルネス領軍対ベルツ傭兵団の交流会はメルネスの勝ち。それで終わりだ」


 ルーが顔で「それでいいんならな」と挑発した。


 ヘンリックとルー、騎士たちと傭兵たちの間で火花が散った。


 まあ、こうなるよねぇ。

 でもまあ、ダーヴィットはすぐに帰ってこないしなぁ。交流会が終わる予定より後に帰るようにしか言っていない。


 ねえ皆さん、とりあえず目の前のごちそうをいただきましょうよ、ね?


「しょうがねぇ野郎どもだな。脳まで筋肉だるま野郎はすぐに喧嘩したがる」


 横にいたアーネが「え」と言って私を見上げた。


「ヴゥ、これは喧嘩じゃないよ。メルネスからの『お願い』に対するただの『条件』だ」


 ルーに苦笑いされた。すまん、心の声の方を口に出しちゃったようだ。子どもたちの前では割と大人しくしてるのに、失敗失敗。


「うるせぇ」


 今度はエーミルが目をキラキラさせて「うるしぇー?」と見てきた。なにその小悪魔上目遣い。後で眉間撫でよ。


「シーヴ、完全に中身と外面が逆転してるぞ」


 お兄様が「めっ」ってしてきた。いや、全く可愛くないし。むしろ引くし。


「いっぱいみたい! つおいの、かっこいー!!」


 エーミルが無邪気に声を上げた。この雰囲気の中で続けて声を上げられるなんて、この子は本当に大物だわ。


「僕も出たい」


「私も!!」


 エルディスとカーリンが続き、ロベルトも意志の強い眼で頷いた。


 アーネがトコトコとお父様のところに寄って両手を伸ばし、「おじいさま、おみみかして?」と言った。


 なんだなんだと、(とろ)けた顔をしながらお父様がかがむと、アーネはお父様の頬にちゅっとして、「おじいさま、おにいさまたちのおねがい、きいて?」と強請(ねだ)った。


 はい、墜ちたー。


 ベルツの最高責任者が陥落したため、メルネス領軍とベルツ傭兵団の交流会は条件無しであっさりと再戦されることになった。


 お兄様は片手で両目を覆って天を仰ぎ、ルーは膝を折って両手の拳を地面に打ちつけた。

 この機にダーヴィットを引っ張り出したかったのに、一瞬で交渉が崩れ去ったベルツの「あーあ」感と、メルネスの「アーネ様の魔性ッぷりの勝ち」という喜んでいいのか分からん喜びの中、ヘンリックが「アーネ……父には」とボソッと呟いた。


 アーネ、君は場を読み空気すら操る天からの才を与えられた子ね。末が恐ろしいわ。


 決まってしまったものは仕方ない。メルネスとベルツでルールについて再考することにした。なんてったって、ベルツは公式ルールなぞ守らんし縛られない連中だからな。


 こうして、ダーヴィットのことはうやむやになり、二日に一回、その都度ルールを変え、交流会は続けられることになった。


 子どもって、すげぇなぁ。


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