第三話 交流会、からの
かくして、交流会は初日を迎えた。
交流会のルールは単純明快。メルネスとベルツで陣地を分け、それぞれ一点から五点までの点数が書かれた五本の旗を奪い合う。
勝敗は、五本全部取った時点か、制限時間いっぱいまでに取った旗の点数の多い方を勝ちとする。武力をもってなぎ倒せば、あっと言う間に終わる場合もあるが、どの旗を守り奪うか、戦力と戦況の分析と地理の把握、守りと攻めのバランスの機微が重要となる頭脳戦でもある。
武器は木剣などの殺傷能力を削いだものを使用し、参加者は胸と頭に割れやすい皿をくくりつけ、戦闘時に二枚とも割られた時点で死亡と見なされ会場から離脱しなければならない。
今回メルネスにやって来たベルツの傭兵は五十人で、傭兵団長のルーヴをトップに五班一隊である。
対するメルネス領軍も同数の騎士を選出してある。
なぜか私に良いところを見せたいと騎士たちが皆立候補し、交流会の参加権を巡って血みどろの選抜試合が行われた。ロベルトとエルディスも参加して容赦なく叩きのめされていた。本気を出した大人げない大人の男性にはまだ敵わず、二人はガチで涙をのんだ。
ちなみに、大人げない騎士たちは更に大人げない領主によって後に鍛錬と称して『ぺい』っと叩きのめされている。
ヘンリック対ベルツ傭兵団ではないため、今回ヘンリックは見学である。
ブツブツと「妻を片手に抱きながら全員蹴散らすには何分かかるか」検討していたヘンリックさんや、勘弁しておくれ。さすがにお父様とお兄様がいるので踏みとどまってくれたが、眼が本気だったのを私は見逃さなかったぞ、こら。人を辞めるんじゃない。それもう魔王だからな。
「点検!」
それぞれ整列した参加者が、きちんと規定の皿を着けているか、携行が許された武器以外を持っていないかの点検を受け、銅鑼の音と共に日没までの約半日間、交流会が開始される。
ヘンリックとお父様が並び立って整列している参加者を目視で点検し、点検後、それぞれ五本の旗が渡される。旗を立てる位置に決まりはないが、寝かせたり隠したりしてはならない。会場はぐるりと森に囲まれた岩場のある原っぱである。視界がありながらも適度に身を隠す場所があり、何よりこの場所のすぐ側にはこの地を見下ろせる丘があるため、見学者たちはそこから両陣営の動きがよく見えるのである。私も今そこから見ている。
ヘンリックが列の終わりにさしかかったところでルーヴが進み出て旗を受け取った。言葉は交わさなかったが、交差した視線が実に雄弁だった。
潰す。
やーだよー。
なにやってんのあの二人は。
回りが怯えてるじゃんよ。
子どもたちも何かを感じ取って、私の回りに集まってぎゅうぎゅうに抱き付いていた。思春期に入ったロベルトさえも袖を掴んでいた。
わあ、モッテモテ! ロベルトが来たロベルトが来た! 最近あまり撫でさせてくれないからなぁ。自分から来たんだから良いよね? 撫でちゃおう~!
ロベルトをグリグリしている間に、お父様も騎士に旗を手渡し、銅鑼が鳴り響いた。
結果。
いや、あっさりって言われても。
日没を待たずに、メルネスが五本の旗を取り、勝利した。
交流会の夜は面目を立てることができた騎士たちの大宴会となった。ベルツの面々も「さすが本職の騎士は違いましたね~」とヨイショし、なごやかな宴会となった。
「母上、ベルツは残念でしたが、辺境を守る騎士たちが上手でしたね。うちも選りすぐりの騎士たちでしたし」
私が落ち込んでいたと思ったのか、ロベルトとエルディスが飲み物を持ってきてくれた。
良かった~。ヘンリックが無表情でだんまりしているから回りがピリピリしているんだよ。
私は別に落ち込んではいないけどね~。子どもたちが来た~。
あいつら、早く終わりたいからってほどほどに負けやがって。初っぱなの大きな交流会が終われば、個々の技術交換(という名の打ち合い)があるだけ。残りの日数はメルネスを観光して金もらって帰るつもりなんだろうなぁ。そしてあわよくばもう一つの目的を果たすつもりなんだろ。
まあ、私でもそうするわ。
騎士と違って別に誇りもないし、ガチで戦っても負けると分かっている相手に本気出しても疲れるだけだし。
でも、ヘンリックは気付いているんだろうな。ずっと無言で考え事をしている。
「ははうぇー! おじぃさまのよーへー、すごいね!! つおいね!!」
エーミルが無邪気にルーの腕を引いてやって来た。
ルーはあっと言う間にエーミルとラーシュを手懐け……、二人に懐かれた。
昔からルーは子どもの扱いがうまい。警戒しているロベルトたちも時間の問題だと思われる。なんてったてルーだからね。
「まあ、エーミル。ルーに遊んでもらったの?」
「うん! ははうぇ、こどものとき、いしばかりわってたって! こぉざーんのみんなにそだててもらったってほんとう?」
こぉざーん……なんかの部隊名みたいになってる~。ベルツ傭兵団コォザーン。
「ふふ、そうね。私が子どもの頃はひとりで部屋にいるよりもよく鉱山に遊びに行っていたの。石ってね、ひとつとして同じ物はないのよ? 形も大きさも割れ方も違う、個性の塊なの。……久々に割りたいわね」
元々裕福ではなかった領地の頼みの綱の鉱山が枯れることが分かり、お父様とまだ幼かったお兄様までも対応に追われた。そんな中、お母様が病に倒れた。幼くてあまり覚えていないけれど、お母様がいなくなってしまうかもしれない不安の中で暮らしていたことだけ覚えている。
侍女たちはお母様につき、朝起きてから寝るまで、食事を運んでもらう時と湯浴み以外はほぼひとり。寂しくて、家を抜け出して人の多いところを目指してたどり着いたのが件の鉱山だった。
「皆、筋肉だるまでしょう? 鉱山の中に入り込むたび、私を球のように放り投げてパスして地上に運んでくれたの。小さかったとはいえ人間をよ? 目がぐるぐる回って吐いちゃったわ」
カラカラ笑う私をエーミルがキラキラした目で見て「すごい! ぼくもっ!!」って、ルーに強請り始めた。
そしてまたもや自然に爆弾を落とした。
「よーへーってすごい!! おさらひとつもわれてないもんね!!」
あ。それ、言っちゃダメなヤツ。
賑わっていた宴会が水を打ったように静まりかえった。