最終話 じゃあね!!
「お前も身体に気をつけて。……オイタもほどほどにな」
お兄様はそう言って軽く手を上げて出発していった。
オイタとは、はてな。
「お母様とお義姉様たちによろしくね!!」
お土産に干したトワイニクスを用意したら、頑なに断られた。噛めば噛むほど味が出るのに。お母様は食べないものね。ちぇ。
他のお土産と手紙を託したから、まあいいか。
お父様も子どもたちの頭を撫で、ヘンリックと握手し、ダーヴィットの横腹……いや背をポンポンと叩き、お兄様に続いて行った。
ダーヴィットは昨日、ベルツの皆にお腹を下げた。間違えた。頭を下げた。
ベルツの大切な姫に失礼をした、と。この地で妻と共に誠心誠意お支えします、と。
今はメルネスで働いているとはいえ、侯爵家の令息が、筋肉だるまたちに対して頭を下げたのだ。
筋肉だるまたちはその真剣さに茶化すことはせずに、無言でダーヴィットに私が焼いたトワイニクスを山盛りにしていた。
お兄様はメルネスに何回か来ているけれど、やっぱり思うところがあったのか、あまりダーヴィットと接触していなかった。どんなに身体が丸くなっても侯爵家の人間だもの。男爵家が刃向かって良いことはないし、我慢してくれていたのだと思う。
お兄様も無言で自分のトワイニクスをダーヴィットに盛っていた。……ただトワイニクスが嫌いなだけじゃないと思う。たぶん。
お父様も「うん、もう分かったよ。娘と婿殿、孫たちとこの地をよろしく。あと、たまにはアルテーンの実家にも便りを出しなさいよ」と、歩み寄ってくれた。
ダーヴィットは「実は、今回顔を出したのですが……、太ったせいか、最初、僕だと信じてもらえず……」と肩を落とした。
先触れを出して訪問したのに信じてもらえないって、どんだけだよ。結局、ビルギットと一緒だったことで本人確認がされたらしいけど、アルテーン家は阿鼻叫喚だったらしい。
頭に血が上ったベルツが来るからと、旅行がてら大陸各地のトワイニクスを狩って、ついでにアルテーン領にも里帰りするように言った本人としては、心苦しい限りである。
お父様に続いて、筋肉だるまたちも顔なじみになった騎士たちと別れを惜しみ、騎乗して行った。
交流会が延びたから、メルネスで遊ばずに真っ直ぐベルツに帰るらしい。
「おじょー! またー!」
「お元気でー!!」
「拳骨はんたーい!!」
「トワイニクスエグーい!!」
がははははっ!! と笑いながら言い逃げして行った。
最後にルーが「じゃあな!!」と言って、だるまたちを追いかけて行った。
あっさりしたものだけど、私たちはいつもそう。
会えたら喜び、分かれる時は「じゃ!」で。
いつか、私は寂しがり屋のルーを置いて先にいく日が来るかもしれない。けど、ルー、どうか忘れないで欲しい。一緒に過ごしたことを。
私は忘れない。ベルツもあなたを忘れない。子どもたちも忘れない。きっと、もうメルネスも忘れない。
ルー、あなたはひとりじゃないのよ。ひとりにしてあげないしね。
「じゃあね!!」
あっと言う間に姿が小さくなっていくベルツを見ていると、ラーシュがトコトコやって来て足にしがみついてきた。
「まぁま!!」
昨日あんなに怖い目に遭ったというのに、この笑顔。この子は本当に大物だわ。
抱き上げて頬ずりすると、他の子どもたちも皆ぎゅうぎゅうに抱き付いてきた。
振り返るとヘンリックが手を差し出してきた。後ろには整然と並ぶ騎士たち。
ちょっと感傷的になっただけなのに、なあに? 私がベルツに帰るとでも心配しているのかしら。
ここが、私の帰るところ……愛されてるなぁ、私。
子どもたちを後で個別にぎゅうしてちゅうして撫で回すことを決意して、顔を上げた。別に泣いてないし、目から体液が出てるだけだし。
「さあ、帰りましょう」
私はヘンリックの手を取って、子どもたちと歩き出した。
皆で、我が家に帰りましょう。
「まだトワイニクスがたくさんあるしね!!」
一瞬固まった子どもたちは、「鍛錬が」「約束が」「宿題が」と口々に言い、ラーシュまで「にげりぉ」と言って、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
えええ? 今の今まで感動的な良い雰囲気だったのになんでよ。
……騎士たちを見ると、目を合わせずに緊急時かのように隊列を組んで去っていった。早。
ダーヴィットも「あー…じゃあ」と言って転がっていった。
残ったのはヘンリックと私だけ。
あっと言う間のことだった。
おい、護衛までいなくなったぞ。
「ふ……くくくく」
耐えかねてヘンリックが笑い出した。珍しいことにしばらくしても肩が震えている。
確かにさ、トワイニクスは人によって好き嫌いがあるかもしれないけどさ、ちぇっ、なんだよう。美味しいのに~。昨日だって勝利した騎士たちへの褒美だったのに、早々に「ベルツの皆様もご一緒に」って押しつけ合うみたいにさ。……ちぇ。そんなんだから褒美にならなくて、騎士たちには金一封も出したわよ。
「シーヴ」
私がいじけていると、ヘンリックが良い笑顔で名前を呼んできた。今更ご機嫌取りか? おおん?
「シーヴ、私は貰おう。南地方のペラペラした方が好みだな」
「……私は西の肉厚な方が好き。……焼く?」
ああ、と言ってヘンリックの唇が顔中に降ってきた。
仕方ないから焼いてやろう。
こんなんで機嫌が直るなんて、我ながら単純だ。
結局、トワイニクスを焼く前にヘンリックに寝室に連れ込まれてしまったけれど。
こうして、私の不用意な一言から始まった騒動は終わり、穏やかだけど忙しい私の日常は戻ってきた。
少しだけ変わったのは、子どもたちの剣の稽古に私も加わるようになったこと。フーゴが本気で稽古をつけようとしてくるので躱すのが大変。ガチなのは別にいいんだってば。
そしてその後、メルネスとベルツの交流会は情勢を見ながら数年おきに開かれることになり、私からのご褒美は、皆の泣きながらの非常に強い嘆願により、負けた方に振る舞うことになった。
その方がやる気が出るってどういうこと? 解せぬ。
この交流会は不定期だけどずっと続いていくことになる。
ロベルトがアーネと結婚してメルネスを継いでも。(アーネが捕食者)
エルディスが姪のシュステナに婿入りしても。(シュステナが捕食者)
カーリンが王家に嫁入りしても。(王子が捕食者)
アーネが領主夫人を継いでも。(見ていてロベルトが気の毒になるほどの肉食ぶりでした……。「私たちに生まれる子は正真正銘お母様の血を引いているわよ!!」って、どういう口説き文句だよ。それで頷くロベルトもロベルト……。)
エーミルが隣国のヘンリックの母方の親戚の養子になり、内乱の果てに即位した隣国の女王の王配になっても。(この子は本当に愛嬌だけで人生の荒波を越えていったわね……。)
ラーシュが幼少期の可愛らしさを脱皮の如く早々に脱ぎ捨て、ゴリゴリのムキムキになり、なんと、ルーのストーカー……げふんっ! ルーと共に生きることを選んでも。(ルーは「好きにすればいい」と突き放していたけれど、満更でもなさそう。)
紫の眼光は鋭いまま、「愛している。また来世で」と、しわしわの私の手を握ったままヘンリックがその眼を閉じても。
ずっと続いていった。
ねぇ、ルー。私はルーが世界に許される日を見ることはなく大地に還るんだろうけど、私の子どもたちやベルツとメルネスの皆が、わちゃわちゃルーにまとわりついて離さないから、もう寂しくないでしょう? 世代を継いで、ルーを忘れないわ。
そのうち、私もまたあなたの側に生まれ変わりそうだし。あ、もれなくヘンリックもついてきそうだけどね。
その時まで……じゃあね!!
読んでくださり、ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
シーヴの人生に、ほのぼの、クスっとしてもらえたら、とても嬉しいです。
また、波乱万丈なメルネス家の子どもたちのお話をこれからも書いていけたらいいなと思っています。その時はどうぞよろしくお願いいたします。
『外面イイ子……』の方も、ヘンリックの番外編を追加し、完結としています。完結まで時間がかかりましたが、皆様が読んでくださるからこそ、終わることが出来ました。そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
m(_ _)m
それでは、また別の作品でお会いできますことを願って。
ヾ(o゜ω゜o)ノ゛