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2-3 ✦ 触れ合う傷痕

 プラネタリウムは最上階だが、二人が向かうのは逆方向。つまり地下だ。

 というのも勤続十五年の熟練(ベテラン)受付嬢・おばさん曰く、どの(フロア)も定期的に清掃しており、おかしなものがあったらすぐ気づく。

 厳密には〈アーミラリ天球儀〉は二百年前からそこにあるわけで、もはや風景の一部と化している可能性が高い。しかし地下の倉庫は何十年も手つかずだとの言葉には期待感があった。


 その地下倉庫だが、地上階とほぼ同じかひと回り大きいのでは、と思えるほど広かった。

 ありとあらゆる道具や機械類が特に整頓もされず、埃と蜘蛛の巣にまみれながらぎゅうぎゅうに突っ込まれている。見通しは最悪だ。


「電気……いや、点けてもまだ暗いな。〈点燈(ルクス・エウム)〉」


 リオはとりあえず懐中電灯を出したが、なおも奥のほうはほとんど見えない。かといって、室内を一気に照らせる規模の光明魔法を今ここで使うのは、自身の魔力量を考えると悪手だ。

 おばさんに頼んで扉は封鎖させたが、また犯人が襲ってこないとも限らない。そうなったとき戦う余力がないのでは話にならない。

 今度こそジルを守ってみせる。失敗は許されない。一度だって認めたくないのに、二度目など絶対にありえない。


 しかし何の手がかりもなしにどうやって探したものか、と考えていたら、隣から「ねえっ」と焦るような声がした。


「ねえってば」

「悪い、聞いてなかった。なんだ?」

「もー……あのさ、警察なんだから探知機とか持ってるよね」

「一応。でも何か情報(データ)がなきゃ動かんぞ」

「それなんだけど、私が見た〈追憶鏡〉の記憶を使ったらどうかと思って。……でも、私は壊しちゃうから、操作はリオがやってね?」


 少し不安げにそう言うジルは、不自然に両腕を胸の前で曲げていた。まるでリオに手を伸ばそうとして、途中で引っ込めたような具合に。

 それを見てはっとする。


 ジルはHS(魔力過剰症)――魔力が過剰生成される体質だ。膨大な魔力量はたいていの魔法具の許容値を遥かに越え、触っただけで壊れてしまう。

 しかし人体には魔力を溜め込む性質があるから、リオの身体を介せば垂れ流しにはならない。

 理屈の上ではわかっていても「もしも」を考えて遠慮したのだろう。リオが何か道具を使っているときは不用意に触らないように、と。


 リオは小さく溜息を吐くと、懐中電灯を傍の適当なところに置いて、ジルに手を差し出した。


「外部読み込みは皮膚接触方式だ。ほれ」

「う、怖い。……お願いします」


 ちなみにそんな二人のやりとりを、扉の近くで待機しているおばさんが、たいそう面白そうに眺めていたりする。……なるべく視界に入らないでほしい。


 握り合った手には、それぞれ古い裂傷の痕がある。

 同じ日に、同じ原因でついた、お揃いの傷。それを見るたびリオは思い出す。

 ――決めたんだ。ジルは俺が守るって。


 まだその誓いを果たせていない自分を、心底恥じている。

 傷痕のざらつく感触を確かめながら、向かいで俯いているジルは今、何を思っているだろう。


 繋いでいるのとは別の手で、警察支給の探知機を操作した。携帯用の簡易版(手のひらサイズ)だが、こういう閉鎖空間でなら充分だ。

 ジルの見た〈追憶鏡〉の記憶情報から〈アーミラリ天球儀〉を抽出して、必要な魔術磁場マギネフィティック・フィールドの波形を算出。

 設定が完了すると探知機の先端から球状の光が発される。


「〈探知開始(コグノスケレ)〉、と。これでだいぶ手間が省けるな」

「……よかった、ちゃんと動いて」

「おまえは心配しすぎだ」


 読み込みが終わっても手を離さなかったけれど、ジルは何も言わなかった。


 そのまま探査光(レーダー)の動きを待つ。

 奥のほうへ飛んでいくのを見て、追いかけようと懐中電灯を手に取ると、反対にジルはぱっと手を離した。……そう簡単に不安は拭えないか。

 とりあえず資材の迷路を進むのはいいが、埃がすごい。蜘蛛の巣も恐ろしく分厚い。別に疑っていたわけではないが、何十年も出入りしていないというのはどうやら事実らしい。


 ということは、奴はまだここに来ていない?


「ジル、俺から離れるなよ」

「え、い、いきなり何? ……さっきも職業隠せとか言ってきたけど」

「おまえも少しは警戒しろ。とくに今は、いつどこから敵の息がかかった奴が出てきてもおかしくねえ」

「……それは、そうかもしれないけど」


 (ベル)のようにあからさまに操られているとは限らない。明らかに挙動のおかしいベルを先に見せたことで印象を歪め、次は自然な形で手駒を近づける策かもしれない。

 そもそも、まだ敵が一人か複数かすら明らかでない現状では、リオにとってジルに近づく人間はすべて容疑者だ。


 けれど続いてジルがこぼした言葉は、こちらの予想とはまったく違っていた。


「リオ……私が〈書庫番〉になったこと、怒ってる?」



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