1-2 ✦ 幼馴染みと銀色姉妹
リオとジルは旧市街にある小さな喫茶店に腰を落ち着けた。テーブルには温かい珈琲と紅茶、塩漬肉のサンドイッチ、円筒形の小さなケーキが並んでいる。
サンドを摘まみつつ、もう片方の手で鞄をごそごそするリオを見て、ジルは苦言を呈した。
「行儀悪いよ。あと、私にはここが事件現場には見えないんだけど」
「ただのカフェだからな。いいだろ、あそこで茶なんか出されても飲む気しねぇし。おまえもたまにはまともな飯を食え」
「余計なお世話……まあリオの奢りならいいけど」
結局ジルもサンドを手に取る。なんとなればコンビーフサンドは彼女の好物である、ということも計算の上だ。
ジルは家事が得意でなくて、放っておくと即席ばかりで済ませてしまう。
ともかくレタスの食感と塩加減のいいサンドを二人して頬張りつつ、ようやく本題に入った。
先日、博物館の保管室で盗難事件があった。
管理目録に照らし合わせたところ、被害は宝飾品が数点。それだけなら単純に売るのが目的だろうし、すでに別の班が販路を追っている。
わざわざ〈書庫番〉にお声がかかった理由は、宝石の他にも妙なものが盗まれたからである。
リオが出したのは一枚の写真。資料はそれしかない――いつ誰が何のために作ったものか、名称すら不明ときている。
「どうも旧時代の魔法具らしいんだが、用途もイマイチわかってないんで、魔導書に記載がないか調べてほしい」
「それって学芸員の仕事でしょ。なんで何もわかってないの?」
「なんでも寄贈者が『触らず厳重に保管してほしい』って遺言を残したそーだ」
「なら私も調べちゃダメなんじゃ……それに盗んだ人だってどういう物か知らないなら、単に他のと一緒に売るつもりかも」
けっこう綺麗だし、とジルはサンドを持たないほうの指で写真をつついた。
たしかに遠目には首飾りに見えなくはない。しかし鎖にぶら下がっているのは硝子の管で、あまり装飾品らしくはないが。
「言ったろ、『厳重に』保管してくれって。こいつは最上級の防犯設備で守られてた。他の宝飾品とは保管場所も違うから、ついでで盗むには不自然だ」
「ふうん……じゃ、他のは偽装工作?」
「にしちゃ下手だけどな。もちろん昔の魔法具なら金を出すバカはいるだろうし、仮に売られた場合、どういう被害が出る可能性があるかを警察としては把握したいわけで……」
「わかった。じゃあケーキ食べたら帰りましょ」
そこでジルの食べる速度が上がった気がしたので「ちゃんと味わえ」とリオはぼやいた。
こんな話くらい書庫でだってできる。それをこうしてわざわざ連れ出した意味、意図ってやつを、果たして彼女は理解しているのか。
……この店だって、コンビーフサンドが美味いと聞いて選んだのに。
うだうだ考えても仕方がないのでリオも残りを平らげる。
味は評判どおりだし、珈琲も悪くないのが幸いだ。ただ彼は甘いものが好きではないので軽食セットにケーキがついているのはいささか誤算だった。
かといって、ただでさえ運動不足のジルに二個も食べさせるのはどうかと思い、しぶしぶフォークを掴んだ――が。
「やぁリオくん何してんの〜!?」
ガシッという凶悪な効果音を伴って、急に現れた何者かがリオの頭部を締め上げた。
「ぐっ!?」
「悪い奴め、お姉様の目を盗もうなんて百万年早……ってなんだ、妹じゃん」
「……何してんの、ベル」
ジルが呆れ声で呼んだ名を、リオも知っている。
メイベル・クレヴァリー、通称ベル。ジルの姉である。ふわふわの銀髪と紺色の瞳はそっくりだが、長髪の妹に対して姉は短髪、性格もほぼ真逆だ。
とにかく、どことは言わないが控えめな妹と違って恵まれた体型を誇るベルに頭骨固めをかけられるのは、あらゆる意味でよろしくなかった。
幸いすぐに解放されたが、そもそもいきなりこんな暴力を振るわれる謂れはない。
「ってぇ、……何すんだよベル姉!」
「何って嫌がらせ? ごめんごめん、てっきりジルが引き篭ってんのを良いことに別の子と浮気してるかと思って、つい」
「ついで締め技かけんな! しかも冤罪……っいや浮気ってなんだよ」
「だってあんたたち婚約」
「「してない」」
うまい具合に二人の否定が重なったので、ベルは「ほーら息ぴったりじゃん」とけらけら笑った。
三人はいわゆる幼馴染み。それもリオとジルは同じ歳で、学生時代もほぼずっと一緒だったから、互いの呼吸の間くらいは掴んでいる。
しかしそれとこれとは話が別だ、……とりあえず今のところは。少なくともジルはこれが協力依頼にかこつけたデートだと気づいてもなさそうだし。
むろん経費では落とさない。リオもここで自腹を切るくらいの甲斐性はある。
面白がるベルと反対に、ジルは見るからに不機嫌になった。元よりいい雰囲気でもなかったが、突如乱入してきた姉に揶揄われたせいか、食べ方が自棄っぽい。
リオもさっさと資料を仕舞い込むと、ちゃっかり座ったベルの前に自分のケーキを差し出す。
「これ食って。金は先に払っとくから」
「やった~、ってあれ、もう行っちゃうの? そんなに二人きりになりたいか……」
「違ぇよ一応仕事。あ、言っとくけど捜査情報は機密です話せません」
「あぁ、……それでジルが出てきてんだ。そっか」
ベルは急に静かな口調でそう言って、フォークの先端でケーキを一口分切り取った。
「ジル、たまには家にも顔出してね。母さんたち寂しがってるから」
「……うん」
少しだけ溜めてから頷いたジルを、リオはじっと見つめる。その頬に何らかの感情が浮かぶかどうかを知りたかった。
結局のところ腐れ縁の眼を持ってしても、傍からは何の色も汲み取れなかったけれど。
リオの知るかぎり、ジルは〈書庫番〉になってから一度も実家に帰っていない。
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