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5-5 ✦〈書庫番〉と手を繋ぐ(結)

 オーガスタス・ペイジによる襲撃から一週間が経った。

 魔導書庫の修繕も進んでいる。ただし古代魔法が使用された部分は修復不可能なため、完全に元どおりにはならないらしく、今もあちこち砕けた建材が使われたままだ。

 どうせなら近代的な外観に建て直せばいいのでは、などとリオは思うが……。


「それはそれで、こいつには合わないか」

「うん。今だと逆に、もともと巣だったの? ってくらい調和(マッチ)してるけど」


 ジルと二人して見上げる先、つまり未だ半壊状態になっている魔導書庫の屋根にはあの黒竜が鎮座している。洒落た装飾の鉄の首輪を着けて、長い鎖の端は門扉に繋がっているが、果たして意味があるのかどうか。

 竜はすっかりジルに懐き、そのまま番犬ならぬ番竜となっていた。どのみち世話ができる人間も他にいないし、それなら近くに居たほうがこちらとしても都合はいい、とはいえ。

 ……ますます人が近寄りがたい場所になったことは間違いない。


「ところで『こいつ』じゃなくてルナちゃん。ちなみに月影(ルナ・ルミナリア)の略ね」

「……あれ雌か……」


 当のルナちゃんは陽光を浴びてぬくぬくお昼寝中である。仕草だけ見れば大きな猫に思えなくもない、とはジルの言だが、どうも「ちゃん」呼びしていい生物とは思えないリオだった。

 いくらなんでもペットとしては巨大(デカ)すぎる。


 ともかく二人はルナちゃんに留守番を任せ、魔導書庫を後にした。


 行き先は警察署だ。あのあとリオも入院していたので、まだ後処理が終わっていない。

 さんざんペイジに翻弄されて失態を重ね、一時期は失職しかけてすらいたが、一応は彼の逮捕にこぎ着けられたので減俸で済んだらしい。痛いは痛いが致命傷は避けられた感じか。


 それにしても、署内でジルを連れていると一部同期や先輩からの視線が冷たい。なぜか付き合い始めたことが漏洩し(バレ)ている。


 ちなみに狙撃した際リオもそれなりに重傷だったせいか、ペイジは思ったより軽傷だったそうで、すでに退院して今は留置場にいる。

 二人が彼の聴取を担当している職員に会いに行くと、そこで意外な人物に会った。


「ベル!? ここで何してるの?」

「はーい、ジル。リオもすっかり元気そうね、よかったよかった。

 ちょっとペイジに文句言いに来たの。もう帰るとこだけどね」


 彼女はメイベル・クレヴァリー。見た目こそ多少似ているが、性格は正反対なジルの姉だ。

 盗難事件の際、彼女もペイジに利用されていたから、苦情というのはその件だろうか。

 しかし被害者と加害者を面会させるのはどうなんだ。という疑問を込めた視線を送ると、担当官はベルの背後で肩を竦めた。


「まったくもう、こんなバカなことするくらいなら、あたしに相談すれば良かったのよ。身内が〈書庫番〉やってる苦労を一番わかりあえるのは誰かなんて、考えなくてもわかるでしょうに」

「あぁ……え、文句ってそれ?」

「そうよ?」

「ある意味ベル姉らしいな。で、それ聞いたペイジはなんて?」

「ぽかんとしてたわ。腹立ったからうちの店の名刺押し付けてきちゃった。釈放されたら一番に顔出しなさい、ってね」

「そんな営業のし方ある……?」


 なるほど肩を竦めたい案件だったのはわかった。ちなみに彼女が経営しているのは何の変哲もない花屋である。

 ベルはその後もぺらぺら好き勝手に喋り倒したあと、それじゃあまたね、と機嫌良さげに手を振って帰っていった。なんだかんだ彼女は家族想いだし、こと手のかかる妹を大事にしている。

 だから去り際、リオの耳元にこう囁いていった。


「ジルのこと頼むわよ。もし泣かせたら、お姉様が承知しないからね」

「……わかってるっつの」


 幼馴染みの姉はリオにとっても姉分だ。その言葉は深く刻ませていただくとも。



 そうして夕方。ようやく報告書をきっちり出し終えたリオは、警察署の向かいにある喫茶店を覗いた。ジルはずっといる必要はなかったので、用が済んだあとはここで待っていると言っていたのだ。

 ぐるりと店内を見回して探せば、一番奥の隅っこの席で、何やら分厚い上製本(ハードカバー)を読み耽っている。一瞬ぎょっとしたが魔導書ではない。


「ジル」

「んー……」

「おい」

「へ。……あ、リオ。お疲れ様」


 ジルは熱中すると周りが見えなくなるので、本を取り上げて無理やり中断させた。もう一度、魔導書でなくて良かった、と違う意味で思った。


 あれは危険すぎる。ほんの一頁を目に入れただけで、リオも実際に死にかける経験をした。

 扱い方次第で世界を滅ぼしうる兵器。読み手を破壊する、本の形をした猛毒――そんなものをたった一人の女に押し付ける仕組みなんて、歪んでいる。


 だから今でもペイジに賛同する気持ちがないわけではない。なんとかジルを魔導書庫から解放できないか、眠れない夜に考え込んでしまったりする。

 でも、ジルはそれを望まない。

 彼女は辞めたいなんて一度も言わなかった。きっとペイジの父もそうだったろう。


「帰るぞ」


 だからリオは手を差し出す。ジルも応えて握り返す。

 重なり合った二人の手のひらには、肘の向こうまで続く、お揃いの古い傷痕がある。


 遠い昔の事故の名残。彼女を守るという誓いをこの身に刻んだ、リオにとっての愛の証。


「ね、今日の晩ご飯はグラタンがいいな。海老多めで帆立も入れて」

「はいはい。じゃあ買い物してくか」


 これからもそうあり続けるために、今日も新米捜査官は〈書庫番(ビブリオテーカ)〉と手を繋ぐ。



 ✦了✦

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