5-3 ✦ それなるは真の〈魔導師〉
装填の手間なく連射できる魔法式の銃は、魔力を消耗するため身体に負担がかかる。しかし相手が古代魔法具の使い手ともなれば、防護系の弾幕を張り続けていてさえ心許ない。
なるべく一つ所に長居しないように走ったり飛んだり転がりながら、リオはペイジを狙撃し続けた。
ペイジもあくまで書庫の破壊に努め、端からリオなど大した障害とも思っていないようだ。攻撃の大半は建物に向けられ、こちらには威嚇程度の――それでも掠めたら致命傷にはなる――小さな火弾が時々飛んでくる。
「邪魔しないでくれ。不必要な犠牲は出したくない」
「嫌なこった!」
「まったく……なぜわからない? それとも結局は国の利益に殉ずるのか。所詮は警察、国家の犬として!」
執拗な嫌がらせが少しは効いたらしい。
まったく負傷は与えられていないが、向こうも自動で防御できるわけではない。つまりリオの無意味な狙撃も、生身で受けないためには攻撃の手を止めて払い除けねばならず、思うように書庫を破壊できないのだろう。
苛立ったペイジは、これまでより正確にリオを狙って攻撃を放った。小さな火弾は空中で傘のように上下左右に展開して、こちらが避ける余地を奪う。
咄嗟に防御魔法の弾を連射するものの、現代人が成せる程度の防護弾幕はあっという間に焼き払われ、邪炎はわずかに勢いを削がれただけで違わずリオに降り注ぐ――。
「がッ……!」
視界が眩む。リオは激痛に全身を焙られながら吹き飛んだが、即死でなかっただけマシか。
つまりまだペイジの側に手心がある?
いや、どうやらその限りではないらしいと、聞こえてきた呟きで悟る。
「……もうこんなに威力が落ちたか。魔導書庫が堅すぎる……」
先にこちらにとどめを刺しておこう、と言うように、草色の瞳がリオを睨め下ろした。禍々しい杖の先端から赤黒い液体が滴って、それが触れるたび足許の草が嫌な音を立てて焼け焦げる。
男はふたたび杖を向け、凶器の頂に災火を灯す。邪魔者を完全に排するために。
――悪いジル、ちょっと張り切りすぎたわ。
リオはもう身を起こすこともできず、地に伏せたまま自嘲気味に笑うしかなかった。回復手段もあるにはあるが使う暇と気力がない。
無茶はするなと言われたが、……愛する女を守るのに、命をかけない男がいるか?
ある意味、とうに死の覚悟はできていた。しかし『まだ早い』と言わんばかりに、耳障りな咆哮がその場を支配して、ペイジが攻撃の手を止める。
「なん……だ……?」
青ざめた男の視線の先を、リオも倒れたままなんとか辿ると、天に黒々とした影があった。
空を覆うように広がる大小二対の翼。爛々と輝く黄緑の双眸は、こうしていると夜空に浮かぶ月のようだ。
その首筋に人影がある。後頭部の団子が綻んで長結び状になった、波打つ銀髪が天の川のように風に踊って、漆黒の鱗に映えていた。
「なぜ、竜が、そんな」
狼狽するペイジの許に彼女が降り立つ。
手には魔導書、そして満天の星空のごとく、叡智の光を湛えた濃紺の瞳。夜色の竜を従えた現世唯一の〈魔導師〉は、誰あろう〈書庫番〉ジリアン・クレヴァリーその人だ。
けれども表情の失せた白い面は、もはやリオの知る彼女ではなくなっていた。
「終わりよ、ペイジ。もうこの竜はあなたに血を与えない。黒竜の血を媒介にするその魔杖――〈竜血梃〉はすぐに使えなくなる」
「なんだって! まさか……竜と、対話したのか……」
「そう……〈竜謡〉を習得した」
「……ッなんてことを! そんなことをして無事でいられると思っているのか!? ふざけるな、僕がなんのためにここまで……ここまでして……!!」
ペイジは激高し、すでに彼自身で威力が低下したと認めた魔杖でもって、絞り出すような一撃を魔導書庫へと放つ。響きわたる轟音は確かに、最初のそれを思うと弱くなっていた。
「無駄よ。たとえこの竜の血を総て使って書庫を破壊しても、魔導書は一冊たりとも葬れない」
ジルは冷たい声音で淡々と語りながら、竜の背を降りる。彼女の身体や衣類は恐らく竜との戦闘でぼろぼろなのに、抱えている魔導書には汚れの一つすらついていない。
その姿が証明している。
人間――この場合は現代人の数万倍と言われた古代人を指す――を遥かに凌ぐ魔力を湛えるという竜ですら、それに傷ひとつ付けられなかった。
「考えてもみなさい。なぜ魔導書が現存するか……それは〈大散逸〉を起こした何者かですら破壊できないほどの、強力な保護が施されているため。無理に破れば相応の反動がある。それこそ世界が滅ぶほどの衝撃、が……」
急にジルの言葉が途切れる。彼女は糸の切れた人形のように、ふらふらとその場に膝を衝いた。
駆け寄ることのできないリオは、かすれる声で彼女を呼ぶ。
ジルは脂汗の滲んだ顔でこちらを見た。そして困惑したように、桜色の唇がかすかに呟く……誰、と。
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