その夜
光明寺のお堂に泊まっているロレンソとヴィレラの所に、ホッ被りをした左衛門がやってきた。
「ねえ、住職さん、お経って高野山行ったらくれる?聖地って言ってたけど高野山であってる?」
「高野山は空海様の持ち帰った仏様のお経があるところじゃ、元々のお経は天竺に行かんとないじゃろうな」
「それじゃ聖地ってどこッスか?天竺?」
「まあ、仏様の聖地は天竺じゃろう、天竺で生まれ育って、仏籍に入られてるからのう」
「住職さん、聖地って生まれたところなんッスね?」
「で、そちらの神様のお使い様はどこの生まれであったかのう?」
「キリストサマハセイボマリアサマガオウミニナラレタ、イエルサレムノオウマレデアル。」
「イエルサレムとはあれじゃろう?天竺に西から攻めてきたアレクサンダー大王の国にあるのだろう?」
「ソウダナ、アレクサンダーダイオウはイエルサレムヲオサメタコトガアルノハマチガイナイゾ」
「で、住職さん、そのいえるされむっていう街?村?そこに行く道筋って分かりますか?」
「ほんなら、まず最澄様とか空海様みたいに明の国に渡ってだな」
「最澄さんってあれでしょ?高山寺の、昔の住職さん、聞いたことあるっス、京の北の高い山の上のお寺で高山寺、うちの高山とじゃえらい違いっスね」
「ココノヤマトワアレノコトカ?ジンジャノウシロノ?」
「え?高山って領主の館のある所っス」
「アレハ’タカダイ’トカ、’オカ’トイウノデハナイノカ?ニホンゴハムズカシイ」
「で、住職さん、明の国はどうやって行くんっスか?」
「明は西じゃのう、昔は遣唐使も遣隋使も、太宰府から出とったよのう、あれは燦やかで、豪華な大名行列じゃったのう、太宰府から海に出て...」
「遣唐使って何時の事ッスか?」
「あれは平安の頃じゃったかのう?」
「平安っていつ?住職って昔九州に住んでたんスか?」
「カラノシシャナラローマニモキテイタノダ、700ネンマエナノダ」
「住職一体何歳?700年って妖怪ッスか?」
「明の国に渡って、絹の道っていうので西に行くのじゃ、西の火焔山っていう山を越えたらペルシャじゃ、それを左に曲がって南に行けば天竺じゃから、曲がらんでまっすぐ行けば着くじゃろう。」
「太宰府で船乗って西っスね、それじゃ、明日の朝にでも出かければ...」
その時、寺の入り口の方から誰かが入ってくる気配があった。
「左衛門や、隠岐の坊主から聞いたで、殿様にお使い頼まれたんやってな?」
「母ちゃん、隠岐っちまだ家おるんの?早よ帰ってくれへんと飯も食えんがな」
「でもおまえ、お使い行って来んで殿様に見つかったらひどい叱られんで」
「次の戦で一番槍っ言うてはったなあ」
「左衛門や、悪いこと言わんでお使い行ってこい、おまえまで戦で死んだら畑仕事はだれがやるんや?いいから握り飯持ってきたからそれ持って今すぐ行ってこい」
「え〜かあちゃん、明日でいいのに」
「ほれ、これ持って早よ行ってき」
「ほいなら、今日今から出れば、明日は有馬の温泉か、それもええなあ」
「何言ってんだい、殿に怒られるから早よ行けや」
自分の母親から夜中に村を追い出された星野左衛門であった