君と会えなかっただけで気が狂いそうでした(1/1)
「大変、大変!」
翌日の朝。
ナンシー姉様の私室にレイラさんが飛び込んでくる。ちょうど私が、一晩かかってサイズ直しした昨日の藍色のドレスを姉様の部屋に届けたタイミングだった。
「何よ、レイラ」
早速ドレスに身を包んでご機嫌なナンシー姉様が、上の空で返す。カーテンで作った新しい服を着た私も、何事かとレイラさんを見た。
「家の前に、大きな馬車が止まってるの! 鳥の羽の紋章がついてたよ!」
……鳥の羽?
どこかで見たような気がするけど……なんて考えていたら、玄関の呼び鈴が鳴らされる音がした。
「あの馬車に乗ってた人だ!」
レイラさんが、はしゃぎながら玄関へすっ飛んでいく。
「きっと、この間の舞踏会であたしに一目惚れした人が、プロポーズしに来たんだよ!」
「はあ!? 何ですって!?」
自分に都合のいい妄想を並べ立てるレイラさんに、ナンシー姉様は呆れつつも顔色を変えた。そして、素早くレイラさんの後を追う。
もしそうなら大変だ。いいところのお坊ちゃまか何かなら、妹から横取りしないと!
そんな風に顔に書いてあった。
困惑しつつも、私も後ろからついていく。本来なら、来客対応は私の役目だから。
「はい、王子様!」
一番早く玄関に辿り着いたレイラさんが、真っ先にドアを開けた。遅れて、ナンシー姉様と私も到着する。
「おやおや、随分若い使用人を雇っているんですね、デュラン家は」
ポーチに立っていた人を見て、私はあんぐりと口を開けた。
ラフィエルさんだ。後ろには、昨日の従者――ギヨームさんだったかな? と、もう一人、知らない初老の男の人を連れていた。
そういえば、昨日訪れたニューゲート家の門には、鳥のモチーフが使われていたっけ。馬車に鳥の羽の紋章がついてるってレイラさんが言ったときに、どうしてそのことを思い出さなかったんだろう。
「あたし、使用人じゃないですよ。レイラって言います。この家の末っ子です。好きな色はピンクで、嫌いなものはつまんないこと。夢は素敵なお金持ちと……」
レイラさんはベラベラ喋りつつ、ラフィエルさんを上から下まで眺めている。
光を閉じ込めたみたいなプラチナブロンドの髪と、日光を反射して艶が増したように見える象牙色の頬。丈の長い水色の上着と白いブーツを身につけたラフィエルさんは、夜よりも昼間の方が輝いて見える気がした。
それでも、目だけは相変わらず深い青だ。まるで、そこだけ一足先に日が落ちたみたいな色をしている。
「では、女神の妹ですか? 全然似ていませんね。女神の方が美しいです。そうは思いませんか」
ラフィエルさんは私に話しかけてきた。ナンシー姉様とレイラさんが、すごい勢いでこちらの方を向く。
「あんたの知り合いなの?」
ナンシー姉様は驚きを隠せていなかった。
「誰よ、この人。どこで捕まえてきたの」
「……昨日私を助けてくれた人」
手短に答えつつも、私はラフィエルさんを見つめた。
「ラフィエルさん……何でここに?」
昨日、私はニューゲート家の馬車で家まで送ってもらったから、住所をラフィエルさんが知っていても不思議はなかったけど……。でも、昨日の今日で本人が登場するなんて、思っていなかった。
「君が会いに来てもいいと言いました。恋しくなったからそうしたんです」
そんなこと言った覚えはない。またお得意の妄想か。もうこの人の扱いにも慣れてきた。
でも、ナンシー姉様もレイラさんも、その言葉にショックを受けたような顔になった。きっと、ラフィエルさんを私の恋人か何かだと勘違いしたに違いない。
「では、女神は借りていきますよ」
ラフィエルさんは、私の手を引っ張ってどこかに連れ出そうとした。いきなりの展開に、私は慌ててしまう。
「ラフィエルさん、困るわ。私、やらないといけないことが……」
「お母様の面倒を見るんでしょう。心配いりません」
ラフィエルさんが「先生」と呼びかけると、初老の男性が前に出た。
「彼は僕の主治医です。腕がいいので、お母様のことは先生に任せて問題ありません。ギヨーム、先生の傍についてお手伝いを」
「はい、旦那様」
ラフィエルさんの従者のギヨームさんが、生真面目に答えた。
「さあ、行きますよ。君と半日会えなかっただけで、気が狂いそうでした」
もう狂ってるでしょ、と心の中でツッコミを入れる頃には、私はすでに馬車の中に連れ込まれていた。