十二時の鐘と恋の魔法(1/1)
「よくいらっしゃいました、お嬢様!」
私の顔を見るなり、門番さんたちが直立不動の姿勢で敬礼した。
「どうかお急ぎを。舞踏会終了まで残り一時間を切っております」
い、一時間!?
衝撃で立ち尽くしそうになったけど、すぐに思い直して門を潜り、久しぶりにニューゲート家の敷地の中に入った。美しい庭を歩く男女の横をすり抜け、白鳥の館を目指す。
建物の中に入っても私は足を止めなかった。息を切らしながらいくつものホールを抜け、廊下を突っ切る。
そんな私にある二人組が話しかけてきた。
「お嬢様、来てくださったんですね!」
「ああ、よかったです……」
タニアさんと手を組んで歩いていたギヨームさんだった。二人ともお揃いのデザインの衣裳をまとっている。
「ラ、ラフィエルさん……は……?」
肩で息をしながら質問した。ギヨームさんがそれに答える。
「きっとまだ舞踏会の会場のギャラリーにいらっしゃいますよ」
「早く行ってあげてください!」
元気よく送り出され、私は二人に背を向ける。廊下の先にあった階段を駆け上っていると、頭上から大きな音が響いた。
鐘の音だった。夜中の十二時を告げる音だ。舞踏会終了の合図でもある。
でも、それを聞いても私は止まらなかった。しばらくすると階段を降りてくる舞踏会の参加者たちがちらほら目につき始めたけど、私はその人たちとは逆方向に向かってひたすら前に進んだ。
鐘が鳴り終わり、やっとギャラリーに着いた頃には肺が破れそうなくらい息が苦しくなっている。それでも私は最後の力を振り絞って歩き続けた。
光でいっぱいのギャラリーはパーティーが行われていた名残として、あちこちにテーブルや椅子が並べられていた。けれど、招待客は皆帰ってしまった後みたいで人気がない。
そんな静まり返ったギャラリーにラフィエルさんはいた。バルコニーに出て月を眺めながら夜風に吹かれている。
その懐かしい背中を見た瞬間、胸の中から愛情が吹き上げてきて、私は後ろからラフィエルさんに抱きついた。
「大好きよ、ラフィエルさん」
私はラフィエルさんの背中に顔を埋めながらくぐもった声を出した。舞踏会に行ったら話そうと思っていたことが次々と口をついて出てくる。
「私、あなたがいなくても幸せになれるわ。でも、それでもあなたといたいの。だから……」
「だから戻ってきてくれたんですね、僕の女神」
ラフィエルさんが体の向きを変え、正面から強く私を抱きしめた。それまでで一番力強い抱擁だった。
「僕も君のことが好きですよ」
ラフィエルさんはそう言うと、私の肩に手を添えてギャラリーの中へと誘導した。そして、少し離れて一礼する。
彼の胸元で紐で繋がれた水晶の小瓶が光っていた。私の髪が入った瓶だ。もしかしてラフィエルさん、肌身離さず持ってたの?
「僕の気持ちを受け入れてくれるのなら、どうぞ一曲、お相手を」
「舞踏会、終わっちゃったわよ?」
そう言いつつも、私はラフィエルさんの手を取る。
「別にいいです。曲がなくても、舞踏会を開いていなくても、ダンスはできますから」
ラフィエルさんが私の腰に手を当てた。
「……そうね」
ゆったりとラフィエルさんの体に頭を預けながら私は頷く。
「ねえ、ラフィエルさん、私のこと、好き? 恋してる?」
「もちろん好きですよ。恋してます」
「ふふっ、もう一回言って」
「大好きな君に恋をしています、女神」
知ってるわ、と私は呟いた。心も体も温かくなっていくような感覚に自然と笑みがこぼれてくる。
「私もラフィエルさんに恋してるわ」
やっぱりラフィエルさんは魔法使いだ。そして、私に魔法をかけてくれた。十二時の鐘が鳴ったって解けない恋の魔法だ。
静かなギャラリーに二人分の靴音が響く。
時に早くなり時に遅くなるその軽やかな音色は、それからしばらく鳴り止むことはなかった。




