悔しいの?(1/2)
「明日はね、いつもより早く店を閉めようと思ってるんだ」
お店の閉店準備が一段落すると、ムーランさんが店員さんや職人さんを集めてそう宣言した。
「明日ってニューゲート城で舞踏会が行われる日ですよね?」
店員さんの一人が手を上げながら質問する。
「いいんですか? そんな日にお店、閉めちゃって。かき入れ時ってやつじゃありません?」
「舞踏会の日だからこそ閉めるんだよ」
ムーランさんが豪快に笑う。
「何せ、ニューゲート城でたんまりご馳走を食べるのを皆楽しみにしてるんだからね。こんな日に店を開けといたって、商売あがったりだよ。それに舞踏会は夜中の十二時まで続くんだ。クタクタになるまで踊り明かした人たちは、パン屋よりも家のベッドが恋しいだろうよ」
そこで一旦言葉を切って、ムーランさんは私の方を見た。
「参加できない子が出ないようにする必要もあるしね。ラフィエル様に恨まれちゃあ、ニューゲート家の領地で生きていけなくなっちまう」
私は少し赤くなった。実は明日もお店を手伝う気だったんだ。仕事が終わったら急いで準備して、舞踏会に駆けつけようと思っていた。
舞踏会用の装束は、私が居候させてもらっている部屋の小さなクローゼットに大切にしまわれている。ギヨームさんが届けてくれた日から私は毎日あの服と靴を見て、舞踏会までの日数を頭の中で数えていた。
その待ち焦がれた日がとうとうやって来るんだと思うと、期待と緊張で自然と体が震えてしまう。
舞踏会なんか関係なくラフィエルさんに会いに行ってしまおうと何度考えたかしら? けれど、私は必死にその衝動に耐えていた。
だってせっかくの再会なんだもの。ドラマチックにいきたいじゃない? やっぱりムードって大切だから。
「じゃあ、お疲れ様ー」
「女神さん、舞踏会でまた会おうね!」
次の日。ムーランさんの言葉通り、お店はいつもよりずっと早くに閉められた。店員さんたちや職人さんが荷物をまとめ、それぞれ家に帰っていく。
私はいつも通りかまどの掃除を終えて、商人さんからもらったお金と受領書をムーランさんに渡した。
「楽しんでくるんだよ」
帳簿から顔を上げ、ムーランさんがウインクする。私は頬を上気させながら、「はい!」と返事した。
駆け足で二階へと上がる。さあ、お風呂で汚れを落としてから服を着替えないと! 心も体も弾んでいて、このまま空だって飛べそうな気分だった。
でも、そんな高ぶっていた気持ちは二階の廊下に出た途端にすっと引いていった。何だか変な物音がしたんだ。どうもそれは私が借りている部屋から聞こえてくるみたいだった。
……もしかして、誰かいるの?
私の部屋には鍵なんかついていないから誰でも自由に出入りできる。でも、今までムーランさんやその家族たちが無断で入ってきたことなんか一度もなかった。
不安になって視線を落とすと、床が汚れているのに気が付く。床板に泥のようなものがこびりついていた。
それは人の足跡みたいに見えた。しかも、私の部屋の前まで続いている。
私はゴクリと息を呑んだ。胃が縮み上がるような感覚を覚えながら、それでも勇気を出してドアを思い切り開け放つ。




