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女神でも聖女でもないのに、何故か崇拝対象になりました ~変人貴公子の狂的な執着愛~  作者: 三羽高明


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僕は君に恋をしているんですね(2/2)

「寂しかったのね、ラフィエルさん」


 僕の傷を癒すように、空いている方の手で女神が頭を撫でてくれる。


 現実の世界の女神が出て行ってから、頭の中の女神はそれまで呼び捨てにしていた僕に敬称をつけるようになっていた。


 もう現実の女神と夢の女神を区別できる点なんて何も残っていない。二つの存在は僕の中で完全に一つになっていた。


「ギヨームさんの言う通りにすればいいのに」

「君に会いに行くんですか?」


 まさか女神がそんな提案をするなんて思ってなくて、僕は驚く。


「それは無理ですよ。ギヨームにもそう言いましたが」

「無理じゃないわ。私がそうして欲しいの」


 女神が僕の顔を持ち上げるように頬を両手で包んだ。


「覚えてる? ラフィエルさん。舞踏会で私と踊るって言ったことを」

「もちろんです」


 当たり前だ。だって、すごく楽しみにしていたんだから。


 あのギャラリーは僕のお気に入りの場所だった。そんなところで舞踏会を開き、女神と一緒にダンスができるなんて、想像するだけで胸が高鳴るような光景だ。


「分からないの? 私が出て行ったままだと、ラフィエルさんは永遠にその約束を守れないのよ?」


 確かに女神の言う通りだ。女神とダンスするという素晴らしい未来。それを僕はこの手で握りつぶしてしまった。


「……君と踊るからいいです」


 動揺する気持ちを押し殺すように、僕はさらに言葉を続ける。


「ダンスなんて夢の世界でもできますから」

「嘘つき」


 女神が僕をなじった。


「現実でも夢でも、どっちでも私と踊りたいって思ってるくせに」


 女神はソファーから降りて、僕の手を取った。そのまま隣室へ連れて行かれる。僕が女神のために用意した壁も天井も真っ黒な部屋だ。


 女神がクローゼットを開ける。中に入っているのは白いローブとガラスの靴だった。


 絵本、『女神が降り立った夜』の主人公の夜の聖女が身につけていたのと同じものだ。子ども用に作られているので、どちらもとても小さい。


「ほら、これ」


 女神が取り出したのはその隣に置いてある同じデザインの真新しい服と靴だ。ただし、こちらはもっとサイズが大きい。現実の世界の女神の体に合わせて作られたものだからだ。これを着て彼女に舞踏会に出てもらおうと思っていたんだ。


「現実の世界の私がこれを着るところ、見てみたいでしょう? それで、一緒に踊って欲しいでしょう?」


 きつくとがめるような口調。でも、僕が何も言えないでいると、女神は焦れたように僕の肩を小突いた。


「ラフィエルさん、あなたって欲張りなのよ」


「欲張り?」


「そうよ。気が付かないの? 夢の私も、現実の私も、どっちも欲しいって思ってる。どっちか片方じゃ満足できないのよ。初めて現実の私と会ったときからずっとそうなんだわ。すごい執着心よ、本当に」


 頭の中にいる女神だけでは癒やせない虚しさを言い当てられた気がして、僕は息が詰まる。


 それはいけないことなんだろうかと思ったけど、僕はそういう人間なんだからしょうがない。反論するように口を開く。


「ダメなんですか? だって僕、君のことが好きなんですから」


 あまりにも自然に言葉が出てきたから、最初僕は自分がおかしなことを言ったと分からなかった。


 けれど、女神がこちらを意味深な目つきで眺めているのに気が付いて、初めて自分の発言にハッとなる。


「好き、なんですか」


 僕は自分の指先を唇に当てた。


「これってつまり、恋をしているんですか? 僕が君に」


 あんなに悩み続けていたのに思いがけない瞬間にあっさりと答えが出てしまって、僕はどうしていいのか分からなくなった。


「……女神、どうしましょう」

「どうもこうもないわ」


 女神が肩を竦める。


「でもラフィエルさん、これで分かったんじゃないの? 現実の世界の私の今の気持ちが」


「えっ?」


「好きな人に会えないって辛いことよ。それに、すごく寂しい気持ちにもなるわ。違う?」


「……違いません」


 僕は静かに首を振る。だって、今の僕がまさにそんな気持ちだったからだ。


 僕は女神に恋について教えて欲しいと頼んだけど、口で言われるよりも実際に自分が体験してみて初めてそれがどんなものなのか理解できた気がした。


 何よりも強く惹かれ、離れがたいと思ってしまう感情。僕にとっての恋はそういう気持ちだった。


「だったら、現実世界の今の私がどんな風に感じてるのかも想像できるわよね?」

「……僕と同じなんですか?」


 僕はすがりつくように女神の肩を両手で掴んだ。


「女神も僕に会いたいと思っている?」

「確かめてみればいいわ」


 女神の姿がゆっくりと透け始めた。


「でも、やるなら早い方がいいんじゃない? すれ違ったまま時が経つのを待つだけなんて、よくないもの。それに行動を起こさないと、あなた、ずっとこのままよ。まさか一生落ち込んだまま暮らすつもりじゃないでしょう?」


 一生このまま? この暗い気分で?


 不吉なことを言われて僕は身震いした。そうこうしている間に女神は完全に消えてしまう。


 でも、僕の心には女神の言葉が残っていた。真っ黒な部屋で一人きりになった僕は、クローゼットの中身を見つめる。


 そして、覚悟を決めて廊下にいた使用人に頼み事をした。


「ギヨームを探してきてください。彼にやって欲しい仕事があるんです」


 女神と僕が今望んでいること。二人の気持ちが一緒なら、もうためらってなんかいられなかった。

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