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女神でも聖女でもないのに、何故か崇拝対象になりました ~変人貴公子の狂的な執着愛~  作者: 三羽高明


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僕は君に恋をしているんですね(1/2)

「旦那様、こちら、舞踏会で出す料理の一覧です」


 白鳥の館の執務室で書類を読んでいた僕にギヨームが話しかけてきた。


「料理長が今になって新メニューを試したいと言ってきているのですが、いかがいたしましょう?」


 僕はギヨームから渡された書類をじっと見つめる。でも、文字が脳を素通りしていくみたいに内容が何も頭に入ってこない。


 今回だけじゃなかった。最近の僕はおかしい。……いや、おかしいのは元からだけど、それとは別の方向で変になりつつあった。


 前なら五分とかからず処理できる問題に半日以上も取り組んでいる。食事中もぼんやりしてしまって、スープを盛大に膝の上に零しても気が付かなかった。朝ベッドから起きるのだってひどく面倒に感じてしまう。


 そして今回は新症状だ。書類に書かれた『舞踏会』の文字を見た途端に何もする気が起きなくなってしまった。僕は途中まで読んでいた書類を脇にのけて事務机から離れ、柔らかなソファーに身を沈める。


「ギヨーム、僕、舞踏会に出たくないです」


 僕はソファーの上に寝転がり、傍のクッションに頭を埋めながら言った。


「代わりにあなたが僕に変装して出席してください。服は貸しますから」

「旦那様、冗談をおっしゃらないでください」


 ギヨームがソファーの近くに膝をつけながらたしなめる。


「旦那様のお好きなお料理もたくさん出ますよ。ほら、ミートローフとか……」

「それ、今は好きじゃありません」


 僕はメニュー一覧表に目を落としていたギヨームに恨めしげな視線を送った。


「この間知ってしまったんですよ。料理人がミートローフのひき肉の中にタマネギのみじん切りをいれていたことを。僕はタマネギが嫌いだと知っているはずなのに意地悪です」


「みじん切りなんですからいいでしょう。食べたって分かりませんよ」


「そういう問題ではありません。入っていることが嫌なんです」


 やれやれとギヨームが首を振る。僕はふてくされてクッションに顎を乗せた。


「それに、どんなに好きな料理が出たって出席する気分には絶対になりません。女神が出て行ってしまってから何をするにも気力が沸かないんです」


「会いに行けばよろしいのに」


 ギヨームは苦笑いだ。


「城下町にいらっしゃいますよ。『ムーランおばさんのパンの店』です。ご存じでしょう?」


 女神の落ち着き先は、彼女が城を出て行ってすぐに人を使って調べさせた。


 でも、彼女のところへ行くのはよくない気がする。


「女神は自分の意思でここから出て行ったんですよ」


 僕は深くため息を吐いた。


「それってつまり、女神が自分は一人でもやっていけると思ったということでしょう? 彼女がそう感じられるようになることは僕の願いでもありました。女神には僕がいなくても幸せを実感できるようになって欲しかったんです。今の女神は僕がこうなって欲しいと思っていた姿そのものなんですよ」


 こっそりと様子を見に行かせた使用人の口から、女神が『ムーランおばさんのパンの店』でどんな風に働いているのか僕は聞いていた。女神は毎日一生懸命に、そして生き生きと過ごしているらしい。


 最近は店員姿も様になってきて、初めの頃と比べると自信がついてきたような顔で接客をしているみたいだ。


 女神はきっと、自分が一人でも頑張れていると実感しているんだ。そして、そんな自分に価値を見出せた。


 それって、これ以上ないくらい素晴らしいことだった。女神が自分の値打ちを高く見積もっている。もう自らを蔑んだりしていない。僕の一番大切な人がいい方向に変わっていっていると分かって、本当に嬉しかった。


「では、そんなお嬢様にお祝いのお言葉を送りに行ってはいかがでしょう?」

 

 ギヨームが何気ない風を装って提案した。


「一目だけでも会えば、旦那様も少しは元気が出るはずです。城の者たちが心配しているの、ご存知でしょう? 皆、旦那様が早く元通りになって欲しいと思っているんですよ」


「……できませんよ、そんなこと」


 ギヨームの言葉通りに振る舞えたらどんなにいいだろうと思いながら僕は目を閉じる。


「僕は女神にこう言ったんです。女神がいなくても僕は大丈夫だ、と。それを証明するために彼女の髪が入った瓶を捨てるような真似までしたんですよ。……と言っても、その小瓶は女神が回収してしまったのですが」


 僕は服の中をまさぐる。そして、水晶の瓶を取り出した。女神が庭から回収してきた小瓶は、今では紐で結わえられ、僕の首からぶら下がっていた。彼女が出て行ってからずっとそうしている。


 僕は小瓶を唇に当てた。こうしていると女神と過ごした楽しい日々が蘇ってくる。これからはこの思い出に浸って生きることになるんだろうか。


「……ギヨーム、僕、少し疲れました」


 せっかく現実に現われた女神がまた頭の中だけの存在になってしまった。そのことに僕はため息を吐きながら小瓶を服の中にしまう。


「ちょっとだけ寝ます。献立の一覧はあれでいいです。あなたが僕の代わりに承認欄に印鑑を押しておいてください。料理長にも新メニューを出す許可を」


 クッションに顔を埋めたまま言うと、ギヨームが「分かりました」と返事して退出する。それと入れ違うように女神が姿を現わし、ソファーの空いているスペースに腰掛けた。


 その途端に、心の空洞が埋まっていくような感覚がする。僕はその満ち足りた気持ちに突き動かされて、女神の手を取った。

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