責任を取る(1/1)
「ラフィエル、あなたってひどいのね」
僕がベッドの上でまどろんでいると、恨みがましそうな顔をする女神と目が合った。
「何であんなことしたの? 私がどう感じるのか考えなかったのかしら?」
「考えましたよ。考えたからああしたんです」
僕ははっきりと言い切ったけど、迷いながら付け足した。
「僕は何か間違っていたでしょうか」
女神の価値は僕に左右されてしまう。それはつまり、僕が女神を信奉しなくなった時点で、彼女は無価値な存在になってしまうということだ。
そんな女神の思い込みを断ち切りたくて、僕は彼女の黒髪が入った小瓶を投げ捨てた。僕が女神をどんな風に扱おうが、彼女の素晴らしさは何も変わらないと知って欲しかったから。
当たり前だけど、そんなことをして僕の心が傷つかなかったわけじゃない。何よりも大切な女神の一部だったものを捨ててしまった。思い返すだけで目眩がしそうだ。我ながら、あんなことをよく実行に移せたと思う。
「合ってるとか間違ってるとか、問題はそこじゃないわ」
女神はかぶりを振った。
「やってしまったことは取り消せないのよ。分かってるの?」
「でも女神が僕に依存している今の状態では、女神は完璧に幸せにはなれません」
僕は絶望的な気分でうなだれた。
「だって、そうでしょう。僕の傍にいなくたって、女神は素敵な人なんです。だから女神もそのことに気が付くべきで……」
「旦那様!」
女神の姿が煙のように消え、室内にギヨームが転がり込んでくる。顔色が悪い。僕はとっさに、彼が何か悪い知らせを持ってきたんだろうと悟って身構えた。
「お、お嬢様が熱を出してしまわれて……」
僕はギヨームの話を最後まで聞かずに寝台から飛び降りた。そのまま女神の部屋へと直行する。
「ああ、旦那様……」
医師が出迎えてくれる。ベッドの中の女神はお母様に手を握られていた。けれど、眠っているわけじゃないらしい。顔が真っ赤で苦しそうにうなっている。
「女神……」
僕は思わず駆け寄って、女神の肩を揺さぶろうとした。でも、それをお母様が止める。
「病人を手荒に扱うものじゃないわ」
静かだけどきっぱりとした口調に、僕ははっとなった。慌てて先生の方に向き直る。先生は腕を組みながら女神を見つめた。
「どうやら長い間雨に当たったのが原因のようですね」
「雨に……」
血の気が引くのを感じた。呆けながら女神の顔を見る。そんな僕の手に、お母様があるものを握らせてきた。
「これ、ディアーナが持っていたのよ」
それは、僕が窓から投げ捨てた水晶の小瓶だった。
「女神はこれを拾おうとして……」
僕はよろよろと後ずさり、近くにあった椅子に崩れ落ちた。
「……先生、女神はよくなりますか?」
「はい、もちろんです。薬もきちんと処方しておきました」
「……そうですか、ありがとうございます」
一応お礼は言ったけれど、何を喋っているか自分でもほとんど理解できなかった。
「看病は私が引き受けます」
お母様が名乗りを上げる。
病人にそんなことはさせられません。女神の面倒は僕がみます。
いつもなら、そんな風に言っているところだ。
けれど、今の僕は声を上げる気力すら残っていなかった。自分のせいで大切な人がひどい目に遭ってしまった。その事実に打ちのめされていた。
「分かった? あなたのしたことは、こういうことなのよ」
頭の中に女神の声が響く。でも、そうやって指摘されなくても、あの行為は間違っていたんだと身に染みて理解していた。
『僕は女神を不幸にしてしまいました。どうすればいいでしょう?』
頭の中の女神に問いかけてみる。女神は「責任を取るのよ」と言った。
『責任?』
「そうよ。……分かるでしょう?」
分からない、とは言えなかった。僕は黙って唇を噛む。
もう二度と女神を不幸な目に遭わせない。そのためなら何だってする。
僕はそう誓って、両手の指を固く結び合わせた。




