もう依存でもいいかなって思えてくる(2/2)
「ラフィエルさん!?」
薄々嫌な予感はしていたけど、まさか本当に実行に移すなんて考えてもみなくて、私は思わず窓から身を乗り出した。
「何でこんなことしたの!?」
ラフィエルさんは答えない。ただ、雨が降りしきる庭をじっと見つめている。
「……もうっ!」
私はドレスのスカート部分を掴んで駆け出した。階段を転がるように降りて庭に出る。
途端に冷たい雨が私の体を濡らしたけど、そんなことには構っていられなかった。それに、焦りのあまり熱くなっていた体には、むしろちょうどいい。
瓶が落ちたと考えられるところまで辿り着いた。低木の茂みが生えている辺りだ。ひざまずいて、そこに手を突っ込む。
ガサガサ、ガサガサ……。葉をかき分け、顎を伝う雨粒を肩で拭いながら、私は必死で小瓶を探した。でも、中々見つからない。袖が枝に引っかかって破れ、スカートも泥だらけになっていく。
「……っ」
不意に手の甲に痛みを感じて、私は茂みの中から手を抜いた。何かで切ってしまったみたいな小さい傷が目に入る。
私はその切り傷を反対の手で押さえながら、反射的に上を見た。
私たちがさっきまでいた部屋は窓が開いたままだった。でも、そこにラフィエルさんの姿はない。時々吹く風が部屋のカーテンを揺らしているだけだ。
それを見たとき、異様な興奮で火照っていた私の体から、すうっと熱が引いていくのを感じた気がした。
今頃になって雨の冷たさが身に染みてきて、私は震える。手についた傷が痛い。こんな小さな怪我なんてデュラン家で家事をしていた頃は珍しくもなくて、もう慣れてしまったはずなのに。
視線を落とすと、あんなに探しても見つからなかった小瓶が私の足元に転がっているのに気が付いた。それを拾う。でも、少しも嬉しくなかった。
……何でこんなに虚しいのかしら?
冷えた体を引きずって、私は建物の中へ入った。まるで、髪じゃなくて私自身が捨てられてしまったみたいな気分だった。
私はラフィエルさんの言っていたことを思い出していた。
私は自分の価値をラフィエルさんに委ねている。本当にその通りだった。ラフィエルさんに私の一部だったものを投げ捨てられた。ただそれだけでこんなにも傷ついている。自分が空っぽになっていくような感覚がしている。
もちろん、あんなことをしたラフィエルさんの意図はちゃんと分かっている。ラフィエルさんは私に依存していない。だから私もラフィエルさんに依存するべきじゃないんだって、そう言いたかったんだ。
けれど、そうだと分かっていながらも傷つかずにはいられなかった。それくらい私はラフィエルさんが好きだった。
でも、もうそんなラフィエルさんへの恋に酔えるような気分じゃない。
甘い夢の終わりを感じる。ラフィエルさんと過ごした日々がどんなのだったか、どうしても上手く思い出せなかった。代わりに、それまでの辛い日常が脳裏に蘇ってくる。
ラフィエルさんがかけてくれた魔法が解けた私は、誰よりも惨めな娘に逆戻りしてしまったみたいだ。
「ディアーナ! どうしたの! ずぶ濡れじゃない!」
悲鳴が聞こえてきて我に返る。廊下の奥から使用人に車椅子を押された母様がやってくるところだった。
「母様……」
私は母様の方へと頼りない足取りで歩み寄った。
でも、少し歩いただけで足に力が入らなくなって、その場に倒れ込んでしまう。
「ディアーナ! ……まあ! ひどい熱!」
車椅子から降りて私を助け起こそうとした母様の声が聞こえてくる。意識がもうろうとし始めていた私は、何が起きているのか分からずにただぼんやりとしているしかなかった。




