もう依存でもいいかなって思えてくる(1/2)
「ラフィエルさん、私ね、母様に言われたの。『あなたは強い子。一人でもやっていける』って。それで色々考えちゃったのよ。もしかしたら今の状態はラフィエルさんに依存してるだけなんじゃないのかって」
私は小瓶を持つラフィエルさんの手に、自分の手のひらをそっと重ね合わせた。
「でもラフィエルさんといると、もうこれが依存でもいいかなって気になってくるの。だって私、ラフィエルさんと一緒にいられることが嬉しいから。だから……」
「女神」
自分の思っていることを歌うように口ずさんでいた私を、ラフィエルさんが遮った。何だか硬い表情をしている。
「それはよくない状態ではありませんか? その言い方だと、僕がいなくなった途端に君は空虚な存在になってしまうように聞こえます」
ラフィエルさんは私の手のひらの下から自分の手をするんと抜いた。そこから冷気が忍び寄ってきたように感じられて、私は思わず身震いする。
ラフィエルさんは私の髪が入った小瓶を鏡台の上に置いて、険しい顔で部屋を歩き回った。
「僕は言ったはずです。君自身の本当の価値を見失わないで欲しい、と。なのにそれを僕が阻害していたなんて」
嫌悪感さえにじんでいるラフィエルさんの強い口調に、私は何と言っていいのか分からなかった。一緒にいられて嬉しいと言ったせいでラフィエルさんがこんなに憤ってしまうなんて、考えてもみなかったことだ。
「女神、君は僕に依存してはいけません。君のお母様が、君は一人でもやっていける強さがあるとお墨付きをくれたんです。あの人は君のことをよく分かっています。ということは、君は僕を頼らなくても平気なはずですよ」
「じゃあ、ラフィエルさんはどうなの」
責められているように感じて、私は思わず反論した。
「ラフィエルさんだって女神に依存してるじゃないの。自分のことを棚に上げてお説教はよくないわ」
「女神は僕の一部です。自分自身に頼ることは依存ではありません。それに、僕自身の価値は女神の存在とは無関係です」
きっぱりと言い切ったラフィエルさんは頭を抱える。
「困りました。このままでは僕が傍にいる限り、女神は自分の価値に気付けないままです。僕がいると女神が変われない。……女神、僕はどうするべきなんでしょう」
「どうするべきって……」
今度は気落ちしてしまったラフィエルさんに私は戸惑う。
私の幸せの在処はラフィエルさんの傍にある。それは、私が自立できていないっていう意味でラフィエルさんにとってはショッキングなことだった。
でも、そんな風にたしなめられたって困惑することしかできない。私はうなり声を上げた。
「どうもしようがないわ。ラフィエルさんがいたら変われないって言うのなら、私、ラフィエルさんの傍から離れるしかなくなっちゃうもの」
「女神が僕の傍から?」
そんなこと思ったこともなかったのか、ラフィエルさんが身震いした。私はその反応に勇気づけられてさらに続ける。
「そうなったら困るでしょう? だってラフィエルさん、切った後の私の髪でさえ大切にするような人なんだもの。それなのに私を手放すなんて……」
私の言葉が終わらない内に、ラフィエルさんがゆっくりと動いた。鏡台の上に置いてあった小瓶を手に取る。
ラフィエルさんの深い青の瞳に固い決意が宿っているのを見た気がして、私はごくりと息を呑んだ。
「……ラフィエルさん?」
「もし女神が僕の傍からいなくなっても、僕は君と会う以前の状態に戻るだけ。だったら、無理なんてことないはずです」
ラフィエルさんは小瓶を持ったまま窓を開く。私は瞠目した。
「ちょっとラフィエルさん。夢の中だけじゃなくて、現実でも私と一緒にいたいんじゃなかったの?」
「女神、言ってください」
ラフィエルさんは私の言葉を無視して話を進めた。
「僕がいなくても幸せになれると言ってください、女神」
「幸せに?」
「君のお母様と約束しました。君を不幸にしないと。ですから女神、言ってください。自分の価値は僕の存在とは関係ない、僕がいなくても幸せになれる、と」
ラフィエルさんと母様、いつの間にそんな約束をしていたんだろう。
私はラフィエルさんの言葉に首を縦に動かすことはできなかった。小さくかぶりを振って、ラフィエルさんに近づく。
「私、ラフィエルさんといたいの。ラフィエルさんといられることが私の幸せなのよ。だから……」
「……そうですか、女神」
ラフィエルさんは目を瞑る。
「こんなことになっても、そう思いますか?」
ラフィエルさんは持っていた小瓶を窓の外に投げ捨てた。雨の中を飛んでいったその小さな瓶は、やがて庭に落ちて見えなくなってしまう。




