君の髪、切ってもいいですか?(2/2)
このコマドリの館にある他の部屋と同じで、ラフィエルさんの私室も天井が赤褐色、壁が白になっている。ただ、他の部屋よりも少し広めだった。家具なんかもあんまり置かれていないから、ちょっとだけ殺風景に見える。
「準備します。少し待っていてください」
そう言いながら、ラフィエルさんは何故か寝室からシーツを持ってきた。そして、どこかから取り出してきた水晶の小瓶を鏡台の上に置く。
一体何が始まるんだろうと私は訝しんだ。
ラフィエルさんはシーツを鏡台の前に敷いて、その上に椅子を乗せた。「座ってください」と促されるままに着席する。
「ラフィエルさんのお部屋の鏡台、大きいのね。毎朝ここに座ってるの?」
私が両手をいっぱいに伸ばして、やっと端に届くくらいの大きさだ。その上には、クシだの寝癖直し用のクリームだのが入ったガラスケースが設置されている。
それだけじゃなくて、ラフィエルさんのお仕事関係の書類も何枚か置いてあったから、よくここを使うのかなって思ったんだ。
「はい。ギヨームが髪をとかしている間に、今日一日のスケジュールをチェックしたり、書類に目を通したりしています」
ラフィエルさんはガラスケースの中から髪を切る用のハサミを取り出した。私の肩にタオルをかける。
「じゃあ始めますね。動かないでください」
ラフィエルさんが私の髪にハサミを入れた。
刃の閉じる音がする度、私の頭から他より少しだけ長くなっていた髪が落ちる。肩や足元のシーツに黒い毛が散った。
ラフィエルさんがシーツを敷いたのって、床を汚さないようにするためだったのね。だけど、この小瓶は何に使うのかしら?
そんなことを考えながら、私は鏡越しにラフィエルさんの様子を観察した。
ラフィエルさんはとても真剣な表情でハサミを動かしていた。定規を持ち出してみたり、目を細めてあちこちから私の頭を眺めたり……。まるで彫刻作品を作っている芸術家みたいだ。
そんな風に熱心に取り組んでくれるラフィエルさんを見ている内に、私の表情は段々と緩んでいく。
髪なんてデュラン家ではしょっちゅう切っていた。多いときでは一ヶ月に三回もハサミを入れたことがある。
その度に私は暗い気持ちになっていた。だってそれは、自分の姿をどんどんみっともなくしていく行為なんだから。
でも今は違う。ラフィエルさんの手にかかれば、あんなに嫌だったことでさえも心のこもった交流に変わるんだから不思議だった。
しばらくして、ハサミの刃を閉じる音が止む。ラフィエルさんは色んな角度から私の頭を見回した後で呟いた。
「できましたよ」
ラフィエルさんが羽ぼうきで私の顔や地肌に落ちた髪を優しく払って、肩のタオルを外してくれた。さっきまで不格好にでこぼこしていた私の髪型は、綺麗な丸い形に変わっている。
「ありがとう。上手なのね」
私は上機嫌でその場から立ち去ろうとした。でも、ラフィエルさんはまだ動かない。何故か四つん這いになって、シーツの上に散らばったりタオルについたりしている私の黒髪をかき集めている。
「ラフィエルさん、何してるの?」
私は思わずラフィエルさんの手元を覗き込んだ。
「お掃除なら使用人に任せれば?」
「いいえ、掃除ではありませんよ」
ラフィエルさんは羽ぼうきで一カ所に集めた髪を、水晶の小瓶の中に慎重に入れていた。
「よし、こんなものですね」
辺りを見回して残っている髪がないか確かめたラフィエルさんが満足そうに言った。でも、私には何が起きているのかいまいち分からない。
「どうするの、その髪」
「もちろん僕がもらっておきます」
ラフィエルさんは瓶に頬ずりした。
「大切な女神の髪です。無駄にするわけないでしょう」
そう言って、ラフィエルさんは小瓶にキスする。私は思わず頬を赤らめた。
「そうよね。黒髪はお守りになるんだもの。貴重なものなんだし、ラフィエルさんも欲しいわよね」
「いえ、別に黒髪だから欲しかったわけではないのですが……」
ラフィエルさんは私の発言に驚いたようだ。
「女神の髪なら何色でも欲しいですよ。たとえ黒じゃなくても、それは女神の一部だったものなんですから」
「ラフィエルさん……」
胸が熱くなるのを感じる。だって、まるで『私が丸ごと大切だ』って言われているみたいな気がしたから。
やっぱり私、ラフィエルさんのことが好きだ。大好きだ。こうして一緒にいると、離れられないってますます実感してしまう。
そんな想いが口をついて出た。




