君の髪、切ってもいいですか?(1/2)
――あなたは強い子。一人でもやっていけるわ。
雨に濡れる庭を談話室の窓から見ながら、私は物思いにふけっていた。頭の中では母様の言葉がぐるぐると回っている。
誰かを助けている自分にしか価値を見出せない。それが昔の私だった。
でも、きっと今なら、ありのままの自分自身の価値に気付ける。まだ完全に自信を持てるようになったわけじゃないけど、少しなら私も変わっていけている気がしていた。
それはラフィエルさんのお陰だ。でも……そこまで考えたときに、ふと思ってしまった。
これって、依存の対象がラフィエルさんに移っただけなんじゃないのか、って。
それで本当に変わったって言えるの? ただ『ラフィエルさんが好きな自分』にのぼせてるだけじゃないの?
そんな風に色々と考えてしまって、もう私の頭の中はごちゃごちゃだった。どうすればいいのか分からない。ただこうして窓の外を眺めながらぼんやりしているしかなかった。
「誰でしょう?」
不意に視界が覆われる。耳元で少し高めの綺麗な声がした。私は反射的に「ラフィエルさん」と答える。
「正解です」
ラフィエルさんはそう言って、目隠しに使っていた自分の手を私の目元から離した。近くの椅子に腰掛ける。
「これ、父が愛人相手によくしていた質問なんですよ。どうして相手の正体が丸わかりなのに、「誰だ?」なんて尋ねるんでしょうね」
「分かっていても聞くのよ。そういうのを楽しむ遊びなの」
ラフィエルさんの素朴な疑問に少しだけ気持ちが和むのを感じて笑ってしまった。
「お仕事、もういいの?」
「はい。後は僕がいなくてもできるようなことばかりなので、人に任せてきました」
前に言った通りに、ラフィエルさんは何でもかんでも一人でやろうとするのをやめたみたいだ。その分、私と会ってくれるようになった。
やっぱりラフィエルさんは有言実行の人だ。そうやって変わっていける彼が、今の私には眩しく見える。
「雨の日の女神も綺麗ですね」
ラフィエルさんが私の頬を指の背で撫でた。
「お庭に行きませんか。雨に濡れた女神が見てみたいです。……体が冷えてしまうでしょうか」
「そうね。できれば遠慮したいわ」
私はラフィエルさんの指にそっと頬を寄せた。少し早くなる心音にうっとりとする。
ああ、ダメだ。ラフィエルさんといると、もうこの人に依存しててもいいかって気になっちゃう。だって幸せなんだもの。温かな恋心が胸いっぱいに広がっていく感覚に、つい酔いしれてしまう。
ラフィエルさんの指が私の顔の輪郭を辿り、頭まで辿り着く。そして、黒髪を撫でた。
「髪、少しだけ長くなりましたね」
「ええ、そうね。前に切ってから一カ月くらい経つし……」
自分で言っておきながら驚いた。まだ一カ月なの? 私が最後に髪を切ったのは、実家にいた頃のことだ。この黒髪を売って生活していた日々。それって、もっと遠い昔の出来事かと思ってた。
あのときはラフィエルさんと過ごした時間の方が魔法で見せてもらった夢みたいだって思ってたけど、今じゃあの日常が夢の中の話のような気がしてくる。
まあ、夢は夢でも、二度と見たくない悪夢なんだけど。
「何だか短いところと長いところがありますね。女神は髪を切るのが下手なのですか」
私は談話室の壁にかかっていた鏡に自分の姿を写してみた。
ラフィエルさんの言う通りだ。丸刈りの頭は、あっちが飛び出ているかと思えばこっちがへこんでいる、というようなボコボコとした状態になっていて、あんまり綺麗な見た目じゃない。
「自分じゃ上手く切れないのよ」
私は頭に手を当てながら言った。
「今度タニアさんに整えてもらうわ」
「『取扱注意』さんに刃物なんか持たせて大丈夫なんですか」
「それがね、タニアさん、最近ちょっとだけミスが減ってるのよ」
多分、前にギヨームさんから『ゆっくりすればいい』ってお仕事をするときのコツを聞いたからだろう。あの二人、この間のデートの後もちょくちょく会ってるみたいだし、中々順調に交際してるらしかった。
「でも、僕は女神が怪我をしたら困るのですが」
それでもラフィエルさんは心配そうな顔になる。
「こうなったら僕が切る方がいいかもしれませんね。来てください、女神」
ラフィエルさんが私の手を引っ張る。予想外の展開に、スカートの裾を踏んで転びそうになった。
「切るって私の髪を? ラフィエルさんが? いいわよ、そんなことしてくれなくても」
「ダメです。もうやる気になってしまいました。それに、いいことも思いついたんです」
思い込んだら真っ直ぐに突き進みがちなラフィエルさんだ。私の制止には全く耳を貸してくれない。私はそのまま、彼の部屋に引っ張り込まれた。




