ニューゲート家の当主(1/1)
「お嬢様は、どこにお住まいになってたんですか~?」
「旦那様が、奴隷商からお買い上げになったって聞きましたよ!」
「お好きな香油があればおっしゃってくださいな。お湯に混ぜますから」
無理やり引っ張って来られたお風呂場で、私は三人の女の人に泡だらけにされていた。一人は小柄な丸顔。もう一人は糸のような細い目。最後は老婆と言っても差し支えないような年齢だ。
「すごーい! 面白いくらい汚れが落ちます! これは洗いがいがありますね~」
「どうやったらこんなに汚くなるんでしょう? もうブラシがこんなに……」
「さあ、手の爪は綺麗になりましたわ。今度は足に取りかかりますね」
どうやら私はよっぽど汚れていたようだ。これでも一応、毎日ちゃんと水浴びしたり、体を拭いてから寝るようにしてたんだけど……。
浴室の大理石の壁にこだまする女性たちの声を聞く内に、何だか恥ずかしくなってきた。
この三人組は、お風呂場で働く使用人らしい。
ここを職場にしている人は、彼女たちだけじゃなくて、本当はもっとたくさんいるんだろう。浴槽の大きさだけで私の小さな私室の三倍くらいはありそうなこの家は、何もかもスケールが大きい。
「それにしても奴隷商って、女性の扱いがなってませんね」
私の髪を洗っていた糸目の使用人が憤る。
「頭を丸刈りにしてしまうなんて、一体何を考えているんでしょう! 伸ばせば、きっと真っ黒で素敵な御髪になるでしょうに……」
「……これ、自分で切ったんです」
そう言えば、ラフィエルさんも同じような勘違いをしてたっけ、と思い出す。
「この髪を売って生計を立てていました。うち、貧乏なので……」
「だからって、丸刈りはひどいですわ!」
足元から声がした。足指の爪を洗っていた老婆だ。
「ご家族は何も言いませんの!?」
「言いますよ。『みっともない』とか『みすぼらしい』とか」
「まあ……」
老婆は絶句してしまった。信じがたそうな顔だ。私も、自分のことながらに悲しくなってくる。
「じゃあ、よかったですね! もう、そんなところに帰らなくていいじゃないですか!」
新しい泡を作りながら、丸顔の使用人が明るい声を出した。けれど、私はちっとも喜ぶ気になれない。
「全然よくないですよ……」
ラフィエルさんのことを思い出すと、無性に腹立たしい気持ちになる。
「何なんですか、あの人。冷たいし、言ってることは訳が分からないし……。ただの変人かと思ってましたけど、あれは狂気の沙汰ですよ!」
「あはは。狂気ですって~」
丸顔の使用人が笑い転げる。
「確かに旦那様はちょっと変なところがありますよねぇ。でも、あの方は使用人をいじめないから、私は嫌いじゃないですよ~」
「あの方は?」
含みのある言い方に首を傾げる。
「もしかして、前の当主は嫌な人だったんですか?」
「ご当主様が、って言うか、その奥様が……」
「こら、喋りすぎよ」
糸目の使用人が注意した。
「さあ終わりましたよ、お嬢様。泡を流しますね。お湯、熱くないですか?」
少し熱めの湯をかけられる。それ以上は何も教えてくれなさそうな雰囲気だった。