城下町デート(2/3)
「色々あるわね……。多いのは食べ物屋さんとか、宿屋さんとかかしら。あら、お土産を売っているところもあるわ。近くに観光名所でもあるの?」
「はい、ニューゲート城の中に」
ラフィエルさんは鳥の羽の形のブレスレットが売られているお店の前で足を止めた。
「敷地内に色々な施設があるんですよ。例えば動物園とか美術館とか。それが目当てで遠くから来る人も多いんです」
「動物園や美術館……そう言えば聞いたことあるわね」
ニューゲート城に来た初日に侍女たちがそんなことを話していた記憶がある。
てっきり、城下の人しか来ないような知る人ぞ知る隠れた場所って感じなのかと思ってたけど、結構有名なスポットだったのね。
「今度、そこでもデートしてみますか? ……ああ、家の中だからデートとは呼ばないんでしたっけ」
ラフィエルさんはこの間私が言った、「デートって言ったら、外に出かけてするもの」という台詞を思い出しているみたいだった。
「いらっしゃいませ、ラフィエル様」
頭を悩ませているラフィエルさんにお店の人が話しかけてくる。初老の男の人だ。
さっき私たちが歩いているときにお辞儀してきた人たちみたいに、この人もラフィエルさんが誰なのか知ってるらしかった。
「これ、新作ですか? いいデザインですね」
ラフィエルさんは手近にあったネックレスを見ながら、昔からの知り合いに話しかけるみたいな気軽な口調で店員さんの言葉に応じる。
「ここって、ラフィエルさんの知り合いが経営してるお店だったの?」
私は店員さんとラフィエルさんの顔を交互に見比べながら尋ねた。
「それにこの辺りの人たちって、皆ラフィエルさんと顔見知りなの? お辞儀とかしてる人もいたし……」
「はい、皆僕のことを知っていますよ」
ラフィエルさんはネックレスを私の首に当てながら言った。
「と言うよりも、この城下の人たちは皆僕の知り合いです。僕、小さい頃からよくお城を抜け出して町に遊びに来ていたんですよ。ニューゲート城にいてもあまり楽しいことがなかったので。そのお陰で、ここで普段から生活している人と同じくらいこの町に詳しくなりました。路地裏にどんな猫が住んでいるのかとか、どのお店が何時に安売りを開始するのかとか、全部知っています」
「私もラフィエル様がこんなに小さいときからよく存じ上げていますよ」
この店員さん、ここに住んで長いらしい。指先で豆粒くらいの大きさを作って顔を綻ばせる。
「あんなに小さかったラフィエル様が今では女性同伴でお店を訪れるようになるなんて……。感慨深いものですなぁ。恋人ですか?」
「女神です」
「おお! そうでしたか!」
ラフィエルさんの答えに店員さんは深く頷いた。……え? この返答で大丈夫なの?
「ではお二方とも、ごゆっくりご覧になってくださいね。気に入ったお品はどうぞお持ち帰りを……」
店員さんはそう言って、店の奥から私たちの様子を微笑ましそうに眺め始めた。
「女神、君は前に自分の立場が『女神』なのは不自然だと言いましたが、そんなこともないのでは?」
今度は私の耳たぶにイヤリングを当てながらラフィエルさんが言った。
「これ、似合いますね。もらっておきましょう」
ラフィエルさんはネックレスとイヤリングを平然とポケットに入れた。万引き……ってわけじゃないわよね。さっきの店員さん、「気に入ったお品はどうぞお持ち帰りを」って言ってたんだし。
でも、私は「別にいいわ」と言って、ラフィエルさんのポケットの中身を棚に戻す。
「ラフィエルさん、今まで私に色んなものをくれたけど、もらってばっかりじゃ悪いもの。……それに私が『女神』で通るのは、この町の人たちが特殊だからでしょ」
きっとこの城下の住人は、ラフィエルさんの『変』に慣れてるんだろう。それか、変人が抱えている領民は、やっぱり変人ってことなのかもしれない。
「女神に貢ぐのは信仰心の現われです。おかしなことはしていません」
ラフィエルさんは私が戻したアクセサリーをもう一度ポケットにしまった。でも、私が渋い顔になっているのに気が付いて付け足す。
「ではこうしましょう。女神は以前、『取扱注意』さんを手伝って使用人のお仕事をしましたね?」
「ええ」
思ってもみなかった方向に話を振られ、私は少し戸惑いつつも頷く。
「では、その分の手当てを僕は君に払わないといけません。それが雇い主の義務ですからね。タダ働きはさせられませんよ。このアクセサリーを手当ての代わりとして君に支給します」
ラフィエルさんって、たまに抜け目のないことを言い出す。そんな風に表現されちゃったら、断る理由が思いつかないじゃない!
「あっちのお店にもよさそうなアクセサリーが売っていますね。ちょっと見て来ますから、女神はここにいてください」
私がやれやれと思っていると、ラフィエルさんはどこかへ行ってしまった。
「ちょ、ちょっと! それなら私も一緒に……」
呼び止めようとしたときには、姿が見えなくなっている。もう、自由人なんだから! 私は仕方なく、お店の前の街灯の下でラフィエルさんを待つことにした。




