城下町デート(1/3)
週末、私たちの城下町デートの日は、雲一つない快晴の空だった。
目的地に着いたと御者が知らせてきて、私は馬車から降りる。灰色の石畳の上に、真新しい靴から鳴らされる足音がコツリと響いた。
「その靴、履き心地はいかがですか?」
「とってもいいわ。踵も低くて歩きやすいし」
同じく馬車から降りてきたラフィエルさんの質問に、私は笑顔で答えた。
新しい服が完成したからとラフィエルさんが寄越してきた職人が山のようなドレスやら装飾品やらを持ってコマドリの館に現れたのは、つい三日前のことだった。
デートということで、今日はその中から動きやすそうなものを着てきた。白地に濃い紫のストライプ模様がついたドレスだ。
襟元と袖はフリルで飾られていて、見た目が可愛らしいだけではなく風が入って来ない作りになっている。
そんな私の格好をラフィエルさんは晴れやかな表情で見ていた。
「女神は何を着ても似合いますね。ただ一つ残念なのは、綺麗なお顔が隠れてしまっているということだけです」
私はつばが広くて頭部をすっぽりと覆うデザインの帽子を被っていた。それに、垂れ下がったレースとリボンで顔を隠し気味にしている。
「だって仕方ないじゃない」
帽子の縁をつまんでこっちの顔を見ようとするラフィエルさんの指先から逃げるように、私は二、三歩後退した。
「顔や髪を人に見られるのは、まだちょっと抵抗があるんだもの」
ラフィエルさんと出会って私の生活環境は大きく変わった。栄養のある食事をたくさんとったり、美容にいいクリームをつけたり、何より家事労働から解放されたお陰で、少しずつだけど肌荒れや日焼けは治ってきたんだ。
でも、それもまだ完全じゃない。それに、髪はまだ丸刈り状態のままだ。
ラフィエルさんに言われて、ちょっとだけでも自分に自信を持とうって気になってはいたけど、まだ堂々と自分を誇れるところまでは辿り着いていなかった。
ニューゲート城で生活するだけならともかく、ラフィエルさんみたいな綺麗な人とこんな姿でデートするのは、勇気が足りなかったんだ。
「いいじゃないですか、減るものでもないんですし」
ラフィエルさんは私を上から下まで眺め回す。
「こんな人が道を歩いていたら絶対に声をかけられますよ。……行きましょう。証明してあげます」
そう言って、ラフィエルさんは私の肩を抱いて歩き出した。いきなりのことに戸惑いつつも、私はラフィエルさんに寄り添う。気温は低いけど、何だか体がぽかぽかしてきた。上着、脱いじゃおうかしら?
浮かれた気持ちで辺りを見回す。今私たちが歩いているのは、大通りの歩行者用通路だ。道の両側にはお店が立ち並んでいる。
あら? 気のせいかしら? 周りの人たちがこっちを見て、お辞儀しているような……。……ううん、やっぱり勘違いじゃないわね。もしかして、ラフィエルさんの知り合いかしら?
「おかしいです」
何か聞いてみようかと口を開きかけた私だったけど、それと同じタイミングでラフィエルさんが不可解な声を出したから、質問する機会を失ってしまった。
「どうして誰も女神に声をかけて来ないのでしょう。この辺りの住人は人を見る目がないんでしょうか」
「……何言ってるの、ラフィエルさん」
「さっき言ったでしょう。君が道を歩いていたら絶対に声をかけられると証明します、と。なのに誰も話しかけてきません。一体どういうことなのでしょうか」
まさかの発言に私は呆れてしまう。そんなこと考えながら歩いてたの?
「それは……声なんかかけてくるわけないでしょう」
私は静かに首を振った。
「男の人に肩を抱かれながら歩いてる女の人が、ナンパなんかされると思うの?」
「ああ、なるほど」
ラフィエルさんは納得したような顔になった。
「そう言われてみればそうかもしれません。では女神、ちょっとその辺りに一人で立っていてください。これなら声もかけられます」
ラフィエルさんは私の肩から手を離してどこかへ行こうとした。私はそんなラフィエルさんの服の裾を慌てて掴む。
「何してるの! デートなんだから一緒にいましょうよ!」
「大丈夫です。女神がどこかへ連れて行かれそうになったら僕が助けますから」
「そういう問題じゃないの! まったく、本当にラフィエルさんは……」
相変わらず、この人の思考回路は意味不明すぎる。
「私が声をかけられるかどうかなんてどうでもいいでしょう。……そんなことより、ほら、どこかのお店を見て回りましょうよ!」
不満そうな顔をするラフィエルさんを引っ張って、お店に近づいた。




