あの二人、いい感じね(1/1)
私が池の魚を眺めていると、ラフィエルさんと母様がボートから下りて岸に戻ってきた。ちょうど食事ができあがるタイミングだ。
「お嬢様~。美味しそうなホットドッグですよ~」
タニアさんが料理の乗ったお皿を持って、弾む足取りでこちらに近づいてきた。
……何だか不安定な運び方ね。ホットドッグ、今にも落ちそうな感じでグラグラ揺れてるし……。
「熱々の内にお召し上がれえぇぇっ!」
なんて考えてたら、タニアさんは足元の石につまずいて姿勢を崩した。
「タ、タニアさ……!」
「危ないですよ」
私は慌てて駆け寄ろうとしたけど、それよりも早く横からギヨームさんが飛んできた。
ギヨームさんは落ち着いた仕草でタニアさんの体をふわりと受け止めると、空いている方の手で料理の乗ったお皿を掴む。
「大丈夫ですか?」
ホットドッグもタニアさんも無事だった。お皿をテーブルに置くギヨームさんを、タニアさんは彼の腕の中で目をきらめかせながら見ている。
「慌てなくていいんですよ。ゆっくりと余裕を持って臨めばミスも減ります。お料理を運ぶの、私もお手伝いしますね」
「はい! お願いします!」
タニアさんは頬を紅潮させながら、ギヨームさんと連れだって料理人のところへ向かっていった。あれ……? これってひょっとして、いい雰囲気ってやつかしら?
「ギヨームは人の世話を焼くのが好きですからね。『取扱注意』さんとは相性がいいんでしょう」
池から戻ってきたラフィエルさんが私のところへやって来た。
「そうなの? でもギヨームさん、何だかいつもと雰囲気が違うわね」
ラフィエルさんといるときはもっと振り回されてる感じなのに……。今タニアさんのお仕事を手伝っているギヨームさんは、すごく頼れる近習に見えた。
「きっとラフィエルさんのお世話ってよっぽど大変なのね。ラフィエルさん、普通の人とは色んなところがズレてるし……」
「そういえば来週末、ギヨームがお休みをもらいたいと言ってきました」
ラフィエルさんは私の話が聞こえなかったふりをしたみたいだった。
「多分、『取扱注意』さんとデートするんでしょうね。彼女、何か言ってませんでしたか?」
「特には……」
私は首をひねったけど、タニアさんの口からそれらしい台詞を聞いた記憶はない。きっとタニアさんのことだから言い忘れたんだろう。
「それにしてもデート、ね……」
「おや、興味があるんですか」
お肉の焼き加減を見ながら仲良く話しているギヨームさんとタニアさんの様子を眺めていた私が呟くと、ラフィエルさんが意外そうな顔になった。
「でもダメですよ。あの二人の後をこっそりつけるなんて真似をしては。いくら僕でも、それは野暮なことだと分かります」
「そうじゃなくて!」
何でそうなるのよ! と私は心の中でツッコんだ。
「私もデートしてみたいなって思っただけよ。……ラフィエルさんと」
「ああ、そっちでしたか」
ラフィエルさんは合点がいったみたいな顔になる。
「好きな相手とは同じ時間を共有したくなるんでしょうね。ギヨームと『取扱注意』さんを見ていれば分かります」
ラフィエルさんはうんうんと頷いている。
「ですが、以前にこのお庭で一緒にお散歩しましたよね。あれはデートとは呼ばないのでしょうか」
「デートって言ったら、外に出かけてするもの、ってイメージだけど……。ああでも、家でするデートもあるかしら」
『家』なんて言ってもニューゲート城は広いから、ちょっと感覚が狂ってしまいそうになる。
「では、ギヨームたちがデートする日に、僕たちも城下にでも出かけますか」
ラフィエルさんがあっさりとそんなことを言い出した。
こんなに気軽に一緒に出かける約束ができるなんて考えてもみなかったから、ちょっと驚いてしまったけど、思いがけない嬉しい予定ができて、私の胸は高鳴った。
そんな私をラフィエルさんはじっと見ている。
「何?」
そのラフィエルさんの視線に違和感を覚えて、私は思わず首を傾げる。
だって、何だか私の機嫌をうかがうような目つきに見えたんだもの。いつも自分の思い通りに事を運んでしまうラフィエルさんのそんな表情なんて、今まで見たことがなかった。
「女神は僕とデートできて幸せですか?」
「ええ、もちろんよ」
意外なことを聞かれて面食らったけど、私は即答した。好きな人とデートできて嬉しくない人なんていないんじゃないかしら?
「そうですか。それならいいです」
ラフィエルさんはそれだけ言うと、さっさとテーブルについてしまった。
一体何だったのかしら?
ちょっと気にはなったけど、使用人たちが運んでくる湯気の立つ美味しそうな料理の数々に気を取られて、それ以上は深く考えるのをやめた。
だって、ラフィエルさんが変なのは今に始まったことじゃないんだから。きっと考えるだけ無駄だって思ってしまったんだ。




