月が綺麗ね(3/3)
そのとき、背後のギャラリーに靴音がした。私とラフィエルさんが振り返る。
「旦那様、こちらにいらっしゃったのですか」
ギヨームさんだった。後ろで一つにまとめた栗色の髪を揺らしながら、額の汗をハンカチで拭いている。もしかして、ラフィエルさんを探して色々なところを走り回ってたのかしら?
「お夕食の準備が整いました。食堂へどうぞ」
「もうそんな時間でしたか。女神も一緒に来てください」
ラフィエルさんと一緒にバルコニーから出た。でも、食堂へ行く前に、あることしないといけなかったんだと思い出す。
「ギヨームさん、あなたに渡すものがあるんです」
私はエプロンのポケットの中を漁って、タニアさんから受け取った一通の封筒を取り出した。
「お手紙ですか?」
ギヨームさんは邪気のない顔でそれを受け取る。私は「ええ」と頷いた。
「ラブレターです。それで、もしよかったら今度、デートして欲しいって……」
「待ってください、女神」
隣で話を聞いていたラフィエルさんが、血相を変えて私とギヨームさんの間に割り込んできた。
「女神は僕のことが好きなのではなかったのですか。僕は女神にラブレターをもらったことなんか一度もありませんよ」
「……? そうね?」
この人は一体何を言っているんだろうと私は困惑する。一方のギヨームさんは飛び上がって驚いていた。
「い、いけません、お嬢様! これは受け取れません! そんなことをしたら、私が旦那様に殺されてしまいます!」
ギヨームさんが私にラブレターを突き返してきた。この頃になって、遅まきながら私も二人の勘違いに気が付く。
「それ、私が書いたものじゃないです」
私はラブレターをギヨームさんにもう一度渡し直した。
「ごめんなさい、言葉が足りなかったですね。それ、コマドリの館にいる使用人のタニアさんって子が、ギヨームさんに書いたものなんです。差出人は私じゃありません」
「……何だ、そうですか」
私の言葉に肩の力を抜いたのはラフィエルさんだった。
「それならいいです。……ギヨーム、デートがしたいなら、一日お休みをあげますよ」
「あ、ありがとうございます!」
ギヨームさんは慌ててお辞儀して、手紙に目を通し始めた。私はラフィエルさんを見ながらクスリと笑う。
「ラフィエルさん、今嫉妬した?」
「……してません」
ラフィエルさんはふくれ面だ。私はつい吹き出してしまう。
「嘘。絶対してたわ。あんなに慌てたラフィエルさん、見たことないわよ」
「……僕、嫉妬は嫌いなので」
ラフィエルさんはそっぽを向く。
「母は父の愛人に嫉妬ばかりしていました。僕が母の立場なら、きっと今頃ギヨームを窓から放り投げていますよ」
ラフィエルさんは遠巻きに焼きもちを焼いていたことを認めた。私はそんなラフィエルさんの背中を叩く。
「ラフィエルさん……ラフィエルさんの母様が夫の愛人に嫉妬したのは、彼のことが好きだったからよ」
「恋、ですか?」
「そう、恋よ。恋をすると嫉妬深くなるのよ」
「……そうですか。恋って、綺麗なだけの感情じゃないんですね」
ラフィエルさんは困ったようにこめかみの辺りを指先で押さえた。
対する私は、少し嬉しい気持ちになっている。だって、ちょっとだけラフィエルさんの心の内側が透けて見えたんだもの。『私に恋をしているラフィエルさん』に、一歩近づいたみたいな気がした。




