月が綺麗ね(2/3)
「ねえ……ラフィエルさん。ニューゲート城へ来る前に、ラフィエルさん、私に言わせようとしてたわよね。『ラフィエルさんのことが好きだ』って」
ラフィエルさんを愛おしいと思う気持ちが心の中から溢れてきそうだ。それが喉元を越えたときに、私は自分の正直な想いをラフィエルさんに告げた。
「あのときは無理だったけど、今なら言えるわ。私……ラフィエルさんが好きよ」
「好き?」
「……恋してるのよ、ラフィエルさんに」
はっきりと断言してしまった後で猛烈に恥ずかしくなって、私は手すりをぎゅっと握った。ラフィエルさんが私の肩から身を起こす。
「女神が僕に恋、ですか。ふむ、なるほど」
ラフィエルさんは私の顔を見て、じっと考え込んでいる。
「自分で言ってくださいと頼んでおいてこんな風に感じるのは変かもしれませんが、何だか妙な気分ですね。それとも、その『好き』が、君の妄想の一環だからでしょうか」
「違うわ。本当に恋してるの」
私は口を尖らせた。自分の気持ちくらいはっきりと分かっているつもりだ。
「ラフィエルさんがかわいそうな人だからあなたを好きになったわけじゃないわ。私、ラフィエルさんといると心が温かくなってくるのよ。一緒にいたいと思ってしまうの。それって恋でしょう? それとも……嫌なの? 私にこういう風に思われるのは」
「そういうわけではありません。嬉しいですよ」
「……本当にそう思ってるの?」
私はラフィエルさんに恨みがましい視線を送った。
ラフィエルさんはそこまで感情の起伏が激しくないし、穏やかでちょっと平坦にも聞こえる話し方をするから、たまに本心が分かりづらいときがある。
きっとラフィエルさんの母様が直情的な人だったから、自分はそうならないようにしようと思ってこんな感じになってしまったんだろう。でも、こういう場面で平静な顔でいられると不安になってくる。
「ラフィエルさんはどうなのよ」
声や表情でラフィエルさんの考えていることが分からないなら、直接本人に聞くしかなかった。
「私のこと、どう思ってるの?」
「君は僕の女神ですよ」
ラフィエルさんは少し首を振った。
「でも、女神はそういう答えが欲しいわけではなさそうですね。君はつまり、僕が君に恋をしているのかどうか尋ねているんでしょう?」
「……分かってるなら答えてよ」
何だかもどかしくなるようなやり取りだ。ラフィエルさんだって、はぐらかしたいわけじゃないんだろうけど、焦らされているような気がして仕方がない。
「困りました」
ラフィエルさんは月を見つめながら目を細めた。
「僕も答えてあげたいのですが、よく分からないんです。女神は僕にとってずっと『女神』でした。絶対的な存在として僕の中にあり続けたんです。そんな女神に対し、僕は色々な想いを抱いていました」
ラフィエルさんが嘆息した。
「女神は長い間、あまりにも多くの僕の色々な感情を独占していました。ですから、僕はその感情の一つ一つがどんなものかなんて深く考えたことが一度もなかったんです。ただ、その感情たちを全てまとめ上げて、『崇拝している』と言い表すだけでした」
……なんてことなの!
ラフィエルさんの中の私、随分迷惑なことをしてくれたじゃない。どうせラフィエルさんに色々なことを教え込むなら、もっと感情にも気を配るようにしつけて欲しかったわ!
「……じゃあ、恋してるかもしれないし、してないかもしれないってことね」
そう表現するより他になかった。ラフィエルさんが「そうかもしれませんね」と頷く。
「女神は、僕に自分のことを好きになって欲しいんですか?」
「それは……まあそうね。恋ってそういうものじゃない」
「そうですか。そういう常識があるんですね」
ラフィエルさんは異文化に触れたみたいな感想を口にした。そして、思いがけないことを言い出す。
「では女神、恋とはどういう感情なのか、もっと僕に詳しく教えてください」
「教える? どういうこと?」
「そのままの意味です。恋をするとどうなるのか、僕にも分かるように説明して欲しいんです。女神は僕に恋をしているんですから、指導できるでしょう」
私はポカンと口を開けてしまった。やっぱりラフィエルさんは変人だ。こんなこと、普通人に頼んだりするかしら? しかも、自分を好きだと言っている相手に。
「ですが女神、僕が君に恋をすると不都合なことがあります」
何かを思い付いたらしいラフィエルさんが突然困ったような顔になる。
「僕たちが結ばれると、君は僕の愛人ということになってしまいます。そうなると、僕は他にも愛人を作らないといけないと君が言っていました」
「もう、まだそんなこと気にしてるの?」
どこまでも潔癖なラフィエルさんがおかしくて、私は思わず笑ってしまう。
「ラフィエルさんは、自分の父様とは違うでしょう? ラフィエルさんの父様の欲には限度がなかったけど、ラフィエルさんには私だけ……そういうこともあるかもしれないじゃない。って言うよりも、私がそうあって欲しいっていうだけなんだけど」
「恋は一人にだけ捧げられるもの。そういうこともあるんですね。勉強になります。さすがは女神、といったところでしょうか。君は僕が知らないことをたくさん知っているんですね」
ラフィエルさん、少し感心してるみたいだった。やっぱこの人、ちょっとズレてるみたい。




