月が綺麗ね(1/3)
「ねえ、ラフィエルさん、私、コマドリの館に住んでもいいかしら?」
ダンスが終わり、私とラフィエルさんはギャラリーに隣接しているバルコニーに出た。ダンスで火照った体に夜風が気持ちいい。
しばらくすると肌寒くなってきたけど、タイミングよく、ラフィエルさんが着ていた上着を羽織らせてくれた。
「今回ラフィエルさんに会いに来たのは、その許可をもらうためだったのよ」
ラフィエルさんはバルコニーの手すりに手をかけ、遠くを眺めている。庭に設置されたたくさんの街灯が、美しく剪定された庭木やあちこちに伸びる小道を照らし出していた。
「コマドリの館、ですか。君のお母様がいるところですね」
長い髪を風に揺らしながら、ラフィエルさんが上を見上げて呟いた。
「今日は月が綺麗ですね」
ラフィエルさんが私の方を振り返った。
「やっぱり女神には夜が似合います。今は君の時間ですね」
……そうかしら?
夜空のように冴えた深い青の瞳、月光に浮かび上がる白い頬、優雅にたなびく長いプラチナブロンドの髪……ラフィエルさんだって、十分夜が似合っている。
ラフィエルさんは夜よりも昼の方が輝いて見えるって前に思ったことがあったけど、実際には、どんな時間帯でも素敵なのは変わらない。それとも、私が彼に恋をしているからそんな風に感じてしまうのかしら。
「コマドリの館に移ったら何をするつもりなんですか」
ラフィエルさんが話題を戻した。彼の美貌に見とれていた私は、慌てて質問に答える。
「何って……もちろん母様の傍にいるのよ。それに、タニアさんも手伝ってあげないと」
「誰かを助けなくても君は十分素敵ですよ。さっきも言いましたが」
「そうじゃないわ」
私はかすかに笑いながら首を振って、ラフィエルさんに寄り添うように、彼の隣に移動した。
「母様やタニアさんを助ければ私の価値が上がるとか、そんなことを考えていたわけじゃないの」
ラフィエルさんの話を聞く前の私は、無意識の内にそう思っていたかもしれない。でも今の私は、そんなこととは関係なく困っている人の力になりたいと考えていた。
「単に私がしたいからするだけよ。……ラフィエルさんだって言ってたでしょう。『自分のやりたいことをすると自信がつく』って」
「君のしたいことは人助けなんですか。……やっぱり女神ですね」
ラフィエルさんがゆっくりと瞬きした。
「いいですよ。コマドリの館へ移っても。今日はもう遅いので、引っ越しは明日、僕と同じ時でいいですか? 」
「……僕と同じ時、って?」
何の話だろうと私は首を傾げた。でもラフィエルさんは、私よりももっと不可解そうな顔になる。
「もちろん、『僕がコマドリの館へ居住場所を移す日と同じでいいですか』という意味です。今日、長い時間女神と離れてみて分かりました。やっぱり僕は君がいないとダメなようです」
ラフィエルさんはそう言って、私の肩に頭をもたれかけさせた。
「いくら夢の中で会えるからといっても、現実の君と一緒にいられなくなってもいいというわけではないらしいです」
「……そう」
また心が温かくなっていく。ラフィエルさんに受け入れられていると実感する度、私は幸せな気持ちになっていた。
夜空に視線をやると、大きな月が浮かんでいるのが目に入る。それを見て、私は少し笑った。
「ラフィエルさんの言う通りね。月が綺麗だわ」
ラフィエルさんの髪が私の顔をくすぐる。それがたまらないくらいに心地よく感じられた。
「明日もこんな風に一緒に月が見られるといいわね」
「明日は一日中曇りだそうですよ。占い師たちがそう予測していました」
「ふふっ。そうなの」
ロマンチックな返答をしない辺りがラフィエルさんらしい。でも、そういうところも好きだった。




