光の中で、二人でダンスを(1/3)
「あの……ラフィエルさん?」
東側のギャラリーに着いたラフィエルさんは私の腰に手を当て、早速ステップを踏み始めた。
「どうしました。踊れないんですか?」
いや、そんなことはないけど。父様がいた頃は、舞踏会なんかにも連れて行ってもらってたし。
というより、問題はそこじゃない。
「どうしていきなりダンスなんかすることになったの?」
ラフィエルさんの意味不明な思考回路に、私はすっかり困惑していた。それでもどうにかラフィエルさんの動きに体を合わせながら、彼のダンスのパートナーを務める。
ギャラリーは、夜でもその輝きぶりに変わりはなかった。……ううん、外が暗いから余計に光って見えるかもしれない。昼間とはまた違った魅力で溢れていて、私はますますここが好きになってしまう。
「ギャラリーで踊れたら楽しいだろうな、と女神が言っていたので」
「確かに言ったけど……。でも、何も今すぐじゃなくても……」
「いつ踊っても同じですよ。だったら早い方がいいじゃないですか」
そういうものなの? ラフィエルさんって、意外と行動力があるのね。
……いや、『意外と』ってことはないかしら。出会ったときから今まで、ラフィエルさんは行動力の塊みたいな人だった。それで、私はいつも彼に振り回されていた。……別に、それが嫌ってことはないけど。
「そう言えば女神、侍女から聞きましたよ。使用人の真似事をしていたとか」
ラフィエルさんが私の服を見て言った。
タニアさんのお仕事を手伝ったときから着替えていなかったから、私はまだ使用人の服装のままだ。タイル張りの床の上でステップを踏む靴には、土の汚れがついている。
「皆、気も狂わんばかりに嘆いていましたよ。あまり彼女たちをいじめないであげてください」
「いじめてないわ」
侍女たちの話題が出て、私はラフィエルさんに言おうとしていたことを思い出した。
「ラフィエルさん、私、別に侍女なんかいらないわ。デュラン家にいた頃は何でも一人でやってたのよ。だからお世話なんかしてもらう必要ないの」
「でも、ここはデュラン家ではありません」
「身に染みついた習慣って中々消えないのよ。お世話してもらうと、逆に疲れちゃうわ」
強い口調で言うと、ラフィエルさんは「そうですか」と困った顔になって、私をターンさせた。
「それでも、さすがに誰もいないというのは不便でしょう。一人くらいならつけても構いませんか?」
「一人……そうね。それくらいなら……」
デュラン家とニューゲート家では勝手が違うという理屈も分からなくはないし、ここは折れてもいいかと思った。
「それにしても、やっぱり女神には貴婦人の常識は通じませんね」
背をのけぞらせる私に顔を近づけながら、ラフィエルさんが嘆息する。きらめく長いプラチナブロンドの髪が私の胸の辺りに垂れた。
「シーツを自分で干す令嬢なんて君くらいですよ。今まで君が家事をしていたのは根性曲がりの姉妹たちに命令されていたからだと僕は思っていたのですが、実は好きでやっていたんですか?」
「別にそうじゃないけど……」
私は首を振った。私が家のことをしていたのは、他にやってくれる人が誰もいなかったからだ。
「今回だって、放っておけない子がいたのよ。タニアさんって知ってる? ラフィエルさんの頭に紅茶をぶちまけたり、新品の服を汚しちゃったりしたことがある子だって聞いたわ」
「ああ、彼女ですか。『取扱注意』とか何とか言われている」
どうやらラフィエルさんにとってもこれは印象に残っているエピソードだったらしく、すぐに心当たりがありそうな顔つきになった。あの不名誉なあだ名もしっかり把握しているみたいだ。
「彼女、今はコマドリの館にいるのよ。だけど、そこでも相変わらず『取扱注意のタニア』だわ。私、見ていられなくて……」
私は苦笑いした。
「それに、お手伝いって意外と楽しいのね。私、それまではちょっと落ち込んでたんだけど、タニアさんと一緒に立ち働いている内に、段々気分がよくなっていったのよ」
「なるほど、また女神の妄想ですね」
「妄想?」
ラフィエルさんに変なことを言われ、ステップを踏む足がもつれそうになった。
「妄想なんかしてないわよ。私、ちゃんと現実の世界でタニアさんを手伝ったもの」
ラフィエルさんは、たまに私に関しておかしなことを言う。彼によると、私も何か妄想を抱えているらしい。
でも、心当たりが全然ない私は、そんな発言を聞く度、困惑するしかなかった。
だけどラフィエルさんは、「そういうことではありません」と冷静に返す。




